カンボジアクロマーマガジン40号
写すシリーズ
アンコールの砂糖作りを写す
樋口 英夫 (ひぐち ひでお)
バイヨン寺院の壁面に描かれた砂糖作りと思われる場面
10年ほど前のこと、写真家の沙智さんがとても面白い連載をJALの機内誌でやっていた。それまでだれも注目しなかったアジアの甘いお菓子がテーマになっていて、「アジアからの甘い風」というさわやかなタイトルが印象的だった。これが『アジアンスイーツ』という写真集になりスイーツブームが日本で始まった。アジアの甘いお菓子がこんなに変化に富んでいて、しかも昔からある伝統的なものだったとは‥。
私は東南アジアにくると、冷えたビールで食事したあと、どうしたことかメニューに載った甘いお菓子が食べたくなる。撮影機材を担いで一日炎天下を動き回った体が甘さを求めるのだろうか。この甘いお菓子、私はそれを「伝統食」だとは思いもしなかった。なぜなら日本で砂糖といえば、江戸時代には武士階級の超高級贈答品として珍重されていて、私の子供時代でもその名残りから贈答品として用いられていた。だから東南アジアでも砂糖が一般に流通するのは最近のことだと無意識に思い込んでいた。甘いお菓子=伝統食とはつながらなかった。そんなことを私は沙智さんに話したことがある。
このとき沙智さんが言うには「ちょっと自分たちには高級品と思えるものは西洋からの渡来品と無意識に思いがち。そのうえアジアの端っこの島にもかかわらず、日本にないものは東南アジアにあるはずがないと思い込む奇妙な習性も身に染みついている」。なるほどたしかにそうかもしれない。
じつはヤシ砂糖作りの見学がアンコール遺跡観光の定番になっている。バンテアイサムレイ遺跡に近いプリアダック村ではパルミラヤシを原料とする砂糖作りがさかんで、民家の庭先で行われているその作業を見ることができる。製造工程はいたってシンプル。村のまわりに生えているパルミラヤシの枝に傷をつけておいて、そこから染み出てくる樹液を竹筒で集めて大鍋にあけ、ゆっくり時間をかけて煮詰めると完成だ。特殊な製造器具も化学的知識も必要とせず、純白ではないけれど「本物の砂糖」がいとも簡単に手に入ってしまうのだ。そう思うとアンコール時代に砂糖があってもおかしくない気がしてくる。事実原料の樹液を供給するパルミラヤシはバイヨン寺院の壁面に浮彫で描かれているし、樹液を煮詰めているとおぼしき男たちの様子も浮彫になっているではないか。カンボジア人はすでに700年前から砂糖の入った甘いお菓子を口にして一日の疲れを癒していたのかもしれない。
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