ホーム 過去のマガジン記事 写すシリーズ: アンコール発祥の地クーレン山を写す

カンボジアクロマーマガジン27号

 

higuchi-27-1

バケン山から写したクーレン山。小山の背後に山脈のように長くのびている

 

アンコールの歴史はクーレン山から始まる。初代アンコール王となる人物はこの山に入り、霊能力者バラモンの秘儀を受け、現人神に変身したという。そしてアンコールの独立を諸王に向けて宣言した。タイ国境付近で発掘されたアンコール時代の石碑に、この秘儀が「デーヴァラージャ」とサンスクリット語で記されている。これを「現人神に変身する儀式」と読み取ったのはフランス人碑文学者だった。

higuchi-27-2

クーレン山の河床に彫られた巨大なリンガ

 

クーレン山はアンコールワットのそばのバケン山から遠望できる。横に長い姿はヒマラヤ山脈を連想させ、その山容にアンコールの精神世界が凝縮しているかのようだ。歴代のアンコール王はクーレン山を「マハ・インドラ・パルヴァータ(偉大なインドラ神の山)」と格調高いサンスクリット語で呼んでいた。この山は全体が鬱蒼とした樹林に覆われていて、その中に隠れたように落差30メートルの大滝が存在し、神々しいほどの白い落水が重低音の地響きをあげている。この水はクーレン山頂付近を源流とするもので、途中の河床にはヒンドゥー教の聖なる図像やリンガが大量に浮き彫りされている。川の水をこの浮き彫りに触れさせることで、聖水に昇華させようと意図したのだろう。この水がアンコールの都に導かれ、寺院の濠や貯水池を満たしていた。 

ところで最新の日本人の学説は「デーヴァラージャの儀式=現人神への変身」とする定説を否定し、この儀式は単に古来からインドの王の即位儀礼として知られる「インドラの大灌頂」だったにすぎないとする。この学説が支持されて流通すれば、アンコールの歴史の幕開けがぜんぜん劇的ではなくなり、後のアンコール王たちの精神世界についても書き換えが必要になるだろう。

 

 

 


樋口 英夫 (ひぐち ひでお)

写真家。アンコール遺跡にかかわる著書に『アンコールワット旅の雑学ノート(ダイヤモンド社)』『チャンパ(めこん)』『風景のない国・チャンパ王国(平河出版)』『7日で巡るインドシナ半島の世界遺産(めこん)』がある。
アンコール・ナショナルミュージアムでオリジナルプリントが購入できる。
最新写真集「Angkor」
最新写真集「Angkor」 春分の日のアンコールワットでの朝日や、霞がかった幻想的なプノン・クーレン、トンレサップ湖に暮らす人々等、アンコール遺跡とシェムリアップの魅力が詰まった珠玉の写真集。
「アンコールワット 旅の雑学ノート 森と水の神話世界」
アンコールワット旅の雑学ノート 見る者を圧倒せずにはおかない巨大遺跡群が、さらに一歩二歩踏み込めば、驚くべき物語を語りだす。最新学説を紹介しつつ、ヒンドゥー世界全体を見つめる広い視野と、人々の生活の細部を見逃さない探求心で、アンコールの謎に迫る。
アマゾンでチェックする
クロマーツアーズ、書店、ホテル等でも大好評発売中

バックナンバー

facebookいいね!ファンリスト

クロマーマガジン

素敵なカンボジアに出会う小旅行へ―The trip to encounters unknown cambodia