カンボジアクロマーマガジン20号
写すシリーズ
バイヨンの浮き彫りを写す
樋口 英夫 (ひぐち ひでお)
荒々しく風化した岩山のようなバイヨン。静的で端正な姿のアンコールワット。アンコール遺跡を代表するこの二つの神殿、雰囲気はぜんぜん違っていても、回廊を飾る浮き彫りの美しさは群を抜いている。あえていうならわたしはバイヨンの浮き彫りがいい。ここには当時の風俗や動植物や戦争の様子が興味深く描いてあり、写真のようなリアル感もあって、想像がいろいろ膨らんでいく。
なかでも戦争の浮き彫り。これは700年前に実際にあった戦いで、もしこのときカンボジア軍が敗れていれば、アンコール王朝は完全に消滅していたはずだ。そうなればバイヨンもアンコールトムも建設されず、今見るような壮大なアンコール遺跡は存在していない。回廊の壁いっぱいに浮き彫りになっているのはそんな重要な戦いの様子だ。
チャンパと戦うカンボジア軍の浮き彫り
この戦争の発端は隣国チャンパのアンコール襲撃だった。都は激しく破壊され、国王も殺されて、アンコールの土地がチャンパの手に堕ちた。アンコール王朝の滅亡だった。しかしカンボジアには底力があった。4年後に体制を立て直したカンボジア軍は、アンコールに攻め入ってチャンパ軍を撃退し、都を取り戻すことができた。アンコール王朝が復活したのである。
だから回廊に描かれた戦いの浮き彫りにはチャンパ軍への激しい憎しみが込められている。敵兵は顔面を弓矢で射抜かれ、胸を槍で突き刺され、カンボジア軍の足下に死体となってごろごろ転がっていて、徹底的に打ちのめされている。敵兵は皆殺しになったに違いない。
風化した岩山のようなバイヨン
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