カンボジアクロマーマガジン30号
写すシリーズ
夜明けの女神ウシャスを写す
樋口 英夫 (ひぐち ひでお)
アンコールワットの境内で、強烈な色彩の朝焼けに包まれた。黄色や赤や橙色をした炎のような雲の塊が、夜の気配をとどめる濃紺色の天空に、オーロラのように広がっていく。超常現象をまのあたりにしたような深い神秘性におもわず息をのんだ。きっとこんな朝焼けが女神「ウシャス」の姿なのだろう―――。
女神ウシャスは夜明けの自然現象を神格化したものだ。ヒンドゥー教のもっとも古い時代に生まれた神のひとりで、3000年前のインドの聖典「リグ・ヴェーダ」には、彼女に捧げた讃歌が20篇余りある。この聖典によると、夜明けの女神ウシャスは太陽に先立って東の空に姿を見せる。赤い光りを放つ四輪馬車に乗っていて、天空を颯爽と進んでくるという。彼女は自由奔放だ。長い衣が風をはらんで肌けそうなのに、美しい顔には微笑みすら浮かんでいる。ウシャスは「男にむかって胸をあらわにする娘のようだ」と聖典は歌う。
こんなウシャスに心を奪われたのは、太陽神「スーリヤ」だった( アンコールワットを建てた王の名はこの神に由来する)。「若者が娘を追いかけるように」太陽神スーリヤはウシャスのあとを追う。そして追いつくと激しく彼女を抱いて、自らの光の中に消滅させる。
ウシャスの命は短いが翌朝また蘇る。だから彼女は永遠に若々しい。聖典では金銀宝石で飾られた魅力的な踊り子や、母の手で美しく化粧された娘、水浴からあがる美しい女にもたとえられている。
ウシャスへ捧げたこのような讃歌を、バラモンたちは昔からずっと歌い継いできた。しかしそれは夜間に出没してきた悪霊を祓うための呪文として歌われるのである。
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