ホーム 過去のマガジン記事 トッケーのつぶやき: Vol.5 プノンペン補習授業校誕生

カンボジアクロマーマガジン38号

tokke 38

 

 2001年4月7日、プノンペン補習授業校が開校した。写真は同年同月11日付読売新聞衛星版YOMISATアジアの掲載記事。入学生徒数小学生12人、中学生4人の計16人。当記事は「東南アジア地域で唯一、日本人学校も補習校もなかったカンボジア・・・」という出だしで始まっている。

 当時はそんな事も考えていなかったので、今さらそう言われると「ほんとかいな?」と懐疑心を持ち、アセアン諸国で足を引っ張っている(失礼!)国にはもっと遅れている国があるはずだ、と変な意地を張ってMVCL(※)辺りを探ってみる。あのミャンマーでさえ(失礼!!)、ヤンゴン日本人学校は世界で第2番目にできたので、残りはラオスのみ(失礼!!!)。ビエンチャン日本語補習授業校は、生徒数は今だに少ないものの1998年には試行的に開始、1999年には日本政府の助成金決定通知を受け正式に設立、とネットに載っていた。やはりカンボジアが最後というのは本当だったのだ・・・、とがっくり。

 

 プノンペン補習授業校は、1年目は親で構成された運営委員が資金も人もすべて自力で確保した。授業は毎土曜日の午前中、校舎は当時その開発を手がけていた日本人にお願いして、ノースブリッジインターナショナルスクールの一教室を借りた。先生は大半が当時活動していたNGO職員、不足は親が埋めた。この時1年生で入学した子供たちは今は20歳。

 

 今年プノンペン日本人学校が開校し、補習校と両校が存在することになるカンボジア。あの頃一体誰が想像できただろう。そしてミャンマーとラオスは片校だけのようなので、これで一気に抜きん出た気がする。

 

※ミャンマー、ベトナム、カンボジア、ラオス。アジアのフロンティアとして注目されている。


いしもと ゆみ

1992年、NGO職員としてカンボジアに赴任。今は法務税務事務所で日系企業担当として奮闘、カンボジア生まれの2人の子持ち。サーフィンのような人生を楽しみながら、泣いたり笑ったり。

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