カンボジアクロマーマガジン23号
人生迷走中
第7回:巨星現る?!
クーロン黒沢(くーろん・くろさわ)
※写真はイメージです。本文とは関係ありません。
ふと気がつけば、いつの間にか普通の国になりかけたカンボジア。この地で真面目に頑張る心美しき爽やかな皆様には大変申し訳ないが、90年代のプノンペンをサンダル履きで徘徊していた日本人といえば、私の知る限り(ここ重要)、自分を含め日本社会から完全不適合の烙印を押されたゴミクズ……失礼、英雄揃いであった。
あの頃、真っ昼間に安メシ屋で地球の歩き方なんか読んでようものなら、大体八割くらいの確率で、先の割れたビーサン(ゲストハウスの備品を無断借用)・短パン・よれよれデンジャーマインTシャツという、当時のろくでなし人民服で武装した眼光鋭い若者(或いは中年男)にいきなり肩を掴まれ、「なあ、あんた、日本人?」と妙に句読点の多い挨拶・確認もそこそこに「ねえ、ハッパどこで売ってんの? 幾ら?」と、真珠湾も真っ青の奇襲攻撃をかまされたものだ。
そんな衝撃的な出会いもめっきり減った2012年。市内中心部のお寺の脇に佇む某カフェで、運命的に遭遇したのがSさんだった。光の当たり具合によってはパッと見、20代に見えなくもない年齢不詳のSさんは、実際のところ50代半ば。小柄で知的かつ真面目そうな公務員といった風貌だが、一皮向けば立派な狼であった。
「僕、プノンペンに会社作るんですよ」
「ほう。何の会社ですか?」
「会社です」
「ど……どんな?」
「とにかく会社ですわ」
感度の鈍った私の脳内センサーが、赤いところまで振りきれる「逸材オーラ」を発しまくりな彼。そこで早速、在プノンペン親不孝評論家で友人でもあるDJ北林に通報。件のSさんを近くの食堂へいざない、衝撃の半生を根掘り葉掘り──。
Sさんは年金生活者である。むろん己の年金はまだ出ないので、親の年金である。先の大震災後、神々しい衝動によってカンボジア移住を決意したSさんは、連日連夜、渋りまくる母を説得。遂に実家を処分しこの町にたどり着いた。
プライバシーの配慮で詳細を記せないのが残念でならないが、その晩、夕食の席でこんなやりとりがあった。
「Sさん、仕事したことあるんですか?」
「そうっスねえ、20代はレゲエ、30代はトランス、40代はレイヴで──」
レゲエやトランスを仕事に分類して良いかどうかはさておき、つい先ごろも先物取引で親の金を溶かし、まだ湯気がホワホワ出っぱなしだったSさん「実はですね、絶対儲かる金融スキームを発見したんです」と、秦の二世皇帝・胡亥を思わせる不敵な笑いを浮かべるのだった……。
帰り道、夜空を眺めるDJ北林に「相撲の番付に例えたら?」と訊ねると、「横綱とまではいかねえが、三役クラスは間違いねえな」90年代のプノンペンを彩った数々の親不孝者を見守ってきた彼も、久々の大物登場に戦慄を隠せないようであった。
バックナンバー
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- 第14回:プノンペンのペットたち カンボジアクロマーマガジン33号
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