カンボジアクロマーマガジン27号
人生迷走中
第10回:プノンペンの小粋な焼肉店
クーロン黒沢(くーろん・くろさわ)
大繁盛の犬肉屋があるらしい──と風の噂で耳にした、にした、した……(エコー)。
カンボジアで「サッチュカーエ(犬肉)」といえば、ブルーカラーの精力剤。未知のパワーが授かれるという……。でもひとりじゃ行きたくない。そこで、いつも暇そうなK君とM君を呼んだ。M君には予め「フォーマルなお店だから、ちゃんとした格好してきてよ」と、適当な情報を伝達。待ち合わせ場所に現れたM君は案の定、ワイシャツに革靴というリーマンみたいな格好だった。
プノンペンの南端。閑散とした「ボントロバエクプラザ」というデパートの脇を流れるドブ川のほとり。ここに昼過ぎから数軒の屋台がオープン。その中に、陰のあるむさい男たちが無言でモリモリ肉を喰う異質な店が……。女性指数ゼロ。でも結構流行ってる!
屋台には、看板代わりに黒焦げになった犬の頭がひとつ飾られていた。ここらしい。M君の顔がいつになく引きつっている。 筋肉質な男たちの視線がガスッ、ゴスッと音を立てて突き刺さるなか「犬肉セット」を「ちょっと少なめ」でオーダー。その瞬間、店主も他の客も皆、少し驚いたような顔で固まった。ついでに近くで様子を眺めていたバイタク連中の会話も止まった。
愛想のいい店番の兄ちゃんが、プラスチックの真っ赤なテーブルに、山盛りハーブと刻みレモングラス、ネトネトのタレと真っ黒な焼肉、そして、得体の知れない臓物の皿を置いてニッコリ。正体不明の臓物煮込みに、今度は我々が固まってしまう。恐る恐る「これも犬?」と訊ねると、こっちは牛だって。よかった……。
返す刀で「犬カレーもあるよ。美味しいよ」と言われたが、これはパス。蝿が飛び交うなか、ドロドロの味噌ダレに山盛りの刻みレモングラスを投入。薬味のハーブと犬焼肉を同時に食べる。それくらいしないと獣肉全開って感じです。
苦みばしった部位にウッとなるも、顔に出すのも憚られるのでぐっと飲み込む。で、飲んで三分後。大量の冷や汗が……。気がつけば、いつも温厚なK君が近くのおっさんに「犬肉は素晴らしい健康食だ!」とかカンボジア語で怒鳴り、M君はテイクアウトの客に絡んでいた。これも効能のひとつなのだろうか?店主によると、出している肉は町の野良犬のものではなく、ブレイベンから運んできた食用犬の肉だそうで。
それはさておき、真横がドブ川。風向きが変わるたび凄まじいドブ臭気。蝿はバンバン、埃はもうもう。B型肝炎ワクチン接種済みの私ですら、頭の中でサイレンどころか、空襲警報が鳴るレベル。気になるお会計だが、三人でビールも飲んで驚きの4ドル。何なんだこの安さは……。流石は労働者の社交場! びっくりするほど安いけど、あえてお勧めはしない。抵抗力に自信があっても、うっかり手を出さない方が身のためかと。
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