ホーム 過去のマガジン記事 特集: いつか見た映画のような旅 生命の源・トンレサップ湖、その周辺で育まれた信仰、文化、歴史を訪ねる

カンボジアクロマーマガジン11号

いつか見た映画のような旅 生命の源・トンレサップ湖、その周辺で育まれた信仰、文化、歴史を訪ねる

[取材/写真/文]:西村 清志郎(クロマーマガジン編集部)

2日目 午前 ポーサット

 開けっ放しの窓から、空の赤みが差し込みはじめた。いつもより早起きし、小さな町を散策する。活気のある市場では、大小様々な淡水魚が並び、すぐ横には紐が足に巻きつけられ、自由を奪われた鶏が気だるそうに横たわっていた。
 この地の英雄クリアンムン将軍の墓地へと向かう。17世紀、圧倒的に優勢であったシャム軍に対し、自軍の兵士を勇気づけるために自害し、霊魂となることで、先の戦で亡くなっていた兵士達の魂を呼び起こし、生きている兵士と共にシャム軍を打ち負かしたという伝説が残っている。現在でも地元の土地神・ネアックターとして信仰されているのであろう、小さな祠はきちんと清掃され、無数の線香からは白煙が立ち昇っていた。
 5号線を南下していると、水上村コンポンロンへとさしかかった。トンレサップ湖の水上生活といえばシェムリアップにあるチョンクニア村が有名だが、他にも十ヵ所近くの集落が点在しており、陸に住む人々と較べ、人種や文化の面で幾分異なるライフスタイルを保っている。一部の水上村では、雨期に亡くなった者を入棺し、乾期まで木の上で保存、水位が下がり大地が現れると荼毘に付すこともあるという。小型エンジンのついたボートに乗り込み、集落を周遊する。水上に浮かぶコンビニや、ガソリンスタンドはもちろん、仏教寺院、教会、中国式のお寺までが浮かんでいた。vol11_sub_02-01           トンレサップ周辺に建つ高床式住居は、陸のそれよりも高く6メートルほどであるvol11_sub_02-02           コンポンチャム港近くに建つ高床式モスク

2日目 午後 ポーサット~コンポンチュナン

 のっぺりした大地に緑の椰子の木々生え広がっている。子供の頃に見たつくしんぼを思い出しながら、道路脇の看板を見ると、ポーサットからコンポンチュナンへと入った。この辺りでは良質の粘土がとれるということもあり、陶器作りが盛んである。ごく普通の高床式住居の庭には、天日干しの壺が数多く並んでいる。
 中国正月が近いからだろうか、派手な爆竹音が鳴り響いく中、遠くから軽快な笛や太鼓の音が聞こえてくる。音楽に引き寄せられ集まってくる人々に取り囲まれた中心には、二頭の派手な獅子達が舞を催し、人々の目を楽しませていた。vol11_sub_02-03                     中国正月には全国各地で出張獅子舞が催される

3日目 午前 コンポンチュナン~ウドン

 トンレサップ湖からトンレサップ河へと切り変わった場所に位置する小さな港町コンポンチュナン。赤、青、黄色、緑、色とりどりの色彩を放つ船が係留される小さな港では、活気あるやり取りが繰り広げられており、一日二往復しかない木造渡し船には屋根までいっぱいの人であふれている。渡し船は陸の孤島であるコンポンリエン村へと向かう。この周辺には扶南時代の遺跡が残っており、その先には先史時代のサムロンセン貝塚(註2)も発見されている。
 人々の喧騒を横目に散策していると、カンボジア人の住む高さ6メートルほどの高床式住居群から、雰囲気が異なるチャム族の住む集落へと変わった。カンボジアに住むチャム族は、アンコール時代からクメール人と争ってきたチャンパ王国の末裔とされ、その多くは漁業で生計をたてている。異なる信仰を持ち、異なる言語を使う人々に対し、ポルポト政権下には厳しい弾圧が行われ、多くの者が命を落としたという。虐げられた経験を持つ人々だからだろうか、木造住居の小窓からはベールを纏った女性が顔を覗かせ、イスラム帽をかぶった男性は、歩いてきた外国人に対して不審な目を向けている。少し先には高床式の白いモスクが建っており、その周りではクメール人とチャム族の子供達が一緒に泥遊びに興じている。まだ人種や宗教、差別の存在に気づいていないのだろう。見知らぬ外国人に向けた屈託のない笑顔は、人種の違い、民族間のいざこざを忘れさせた。
 再び南下を開始し、次の目的地である「プノンプリアティアット」へと向かう。赤土の舞う小さな道路へ入りしばらく走ると、こんもりした山の上に、巨大な岩が屹立している。通称リンガ山。この巨岩が男性器の象徴であるリンガに見てとれるため、アンコール時代より聖地とみなされ寺院が建造され、いまだに多くの人々が巡礼に訪れている。崩れかかったコンクリート階段を上ると、途中から古いラテライト階段へと続く。巨大なリンガ岩のすぐ下には寺院があり、中に入ると白い装束をまとった年配の男が、巡礼者に説法を説いており、巡礼者はその一言一句を逃すまいと真剣に耳を傾けていた。
 リンガ岩を囲むように広がっている岩盤から大地を見下ろす。周辺に点在する大きな岩石、そのまわりには背の低い木々と大地が広がっている。太陽のきつい日差しを浴びながら、大地から吹きあがってくる気持ちよい風を感じていると、紫と白の格子柄クロマーをまいた老婆の一群が手を取り合い、助け合いながら巡礼の旅を楽しんでいた。vol11_sub_03-04           25メートルの高さを誇るリンガ山「プノンプリアティアット」。

           アンコール時代より聖地として、巡礼者が絶えない

続きを読む 1 2 3


facebookいいね!ファンリスト

クロマーマガジン

素敵なカンボジアに出会う小旅行へ―The trip to encounters unknown cambodia