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カンボジアクロマーマガジン28号

冒険シリーズ
バイクをめぐる冒険:第4回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

 

カンボジアの旅では、バイクタクシーは欠くことができない交通機関である。はじめは少し怖いが、慣れてしまうと、こんなに便利なものはないことがわかってくる。

それはカンボジアに限ったことではない。隣国のベトナムやタイ、ラオスでも、バイクタクシーは旅の足である。
駅やバスターミナルに着く。さて街の中心まで……というとき、バイクを探すような旅人は、東南アジアがかなり体に染みこんでいると思っていい。

運賃を交渉し、バイクの後部に座る。バイクはとことこと進みはじめるのだが、そのスピードに国柄が現れる。

いちばんスピードを出すのがタイである。一気に加速し、体が後ろにもっていかれそうになる。慌てて腹に力をこめることになる。
「いやー、タイでバイクに乗ると、腹筋を鍛えられますな」
そんな会話も聞こえてくる。

おそらく事故がいちばん多いのもタイである。バイク事故の数はスピードに比例するものだ。バンコクでも頻繁にバイクに乗ってしまうが、目的地に着いたと き、いつも、「今回も無事だった」と息をつく。できれば乗りたくはないのだが、渋滞が起きると、ついバイクタクシーを停めてしまう。

そのスピードが最も遅いのがベトナムだと思う。ビールを飲みながらの食事になり、夜も11時をまわった時刻。バイクでホテルに戻ろうとする。100メート ルほど手前にバイクのライトが見える。「あれに乗ればいいか」と歩道で待つのだが、なかなか近づいてこない。速度が遅いのだ。この時刻になると、車道もだ いぶすいてくる。スピードを出してもよさそうなものなのだが、ベトナム人はアクセルを吹かそうとしない。

警官がチェックしているわけではない。スピードを出してもいいのだが、ベトナムのバイクはのんびりと近づいてくる。おそらく、バイクはこのくらいの速度で走るもの……という意識が定着してしまったのだろう。

カンボジア? タイとベトナムのちょうど中間あたりのスピードで走る。
たとえばタイからシェムリアップに陸路で向かう。タイ側のアランヤプラテート駅から国境までバイクに乗る。カンボジアに入国し、バスでシェムリアップに到着する。そこからホテルまでバイクに乗る。こういう旅をすると、その速度の違いがわかる。

「あの角を右」
などとドライバーに伝えるときの声の大きさが違う。タイでは少し大きな声を出さないとドライバーの耳に届かないのだが、シェムリアップでは、普通の声でドライバーは頷いてくれる。
やはりカンボジアはバイクタクシーの先進国のような気がしてならない。座席の座り心地、そしてスピード。理にかなっている。

(この項続く)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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