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カンボジアクロマーマガジン25号

冒険シリーズ
バイクをめぐる冒険:第1回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

 

プノンペンに住む知人からバイクの話を聞いた。彼は今年(2012年)の3月、1台のバイクを買うことにした。
 ホンダのドリームがほしかった。プノンペン市内に3軒あるというホンダの直営店に出向いた。1軒目と2軒目は売り切れ。3軒目でこういわれた。
「いまはありませんが、今日の11時にタイから5台届きます」
 11時半にその店にいった。すでにふたりの先客が購入手続きをしていた。彼も慌てて申し込む。彼が書類に書き込んでいる間に、もうひとりの客も現れた。
「タイから5台到着したとたんに、4台売れちゃったんですよ。1台2045ドル。いろいろな手続き代を含めて2100ドル。そのバイクがまたたく間に売れていくんです。カンボジアの景気を目のあたりにした気がしましたよ」
 2100ドル。円高だから18万円ほどに換算されるが、それは日本人の感覚。カンボジア人にとっては、高い買い物である。
 カンボジアにはバイクがあふれている。そして僕のカンボジアの旅は、バイクなくして成り立たない。いや、アジアの旅がバイクに支えられている気がする。
 アジアにはバイクタクシーという乗り物がある。バイクの後部座席に客を乗せるタクシーである。
 このバイクタクシーにはじめて乗ったのはタイのバンコクだった。かれこれ30年ほど前である。ソイという路地の入り口に待機していて、家まで運んでくれる。ときにはオフィス街までも走ってくれる。
 当時のバンコクは渋滞が激しく、その間を魚の大群の間を泳ぐようにバイクは進む。とにかく便利な乗り物だった。
 しかしバイクは事故も多い。当時のタイ政府も、自然発生してしまったバイクタクシーの対応に困っていた。ひとりの大臣が、その安全面の問題をとりあげ、禁止すべきではないかと国会で発言した。
 ところが翌日、バイクタクシーに乗っているその大臣の写真が新聞に載った。大臣も家から大通りで待つ車までバイクタクシーに乗っていたのだ。いかにもタイらしいいい加減な話で、バイクタクシー禁止問題はうやむやになっていった。それほど便利な乗り物だったのだ。
 その頃だった。プノンペンに飛行機で向かった。空港に着き、市内までどう行こうか、と空港出口の看板を見あげた。そこに市内までの運賃が出ていた。
 バイクの文字を見つけた。
 タクシーに並んで、バイクがあったのだ。金額ははっきり覚えていないが、2ドルか3ドルだった気がする。
「カンボジアのバイクは違う……」
 タイでもバイクタクシーは急速に増えていた。しかし公式な乗り物とはいいがたかった。便利だが、庶民の乗り物だった。国際空港に到着する外国人が利用する乗り物ではなかった。
 これがカンボジアのバイクタクシーとの出合いだった。

(この項続く)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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