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カンボジアクロマーマガジン44号

冒険シリーズ
村をめぐる冒険:最終回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

 プノンペン近郊。メコン川に沿った村に工業団地ができた。それを機に、村の暮らしは大きく変わった。プノンペンからの道が整備され、メコン川に橋が架かった。かつてはプノンペンから車で3時間ほどかかったが、いまでは1時間で着く。電気が通じ、高校を出た地元の若者は、月給100ドルで工業団地の工場で働くようになった。
「水道も引かれたんですよ。一部ですけど」
 村の若者が教えてくれた。
 カンボジアの村には、基本的に水道はない。メコン川に沿ったこの村は、雨水とメコン川の水を使っていた。各家には、雨水を貯める大きな瓶が3~4個、庭に置かれていた。
 しかしその水だけでは足りない。とくに乾季はなおさらだ。
 この村にいると、僕は毎日のようにメコン川の土手にいく。川を行き来する小舟をぼんやり眺めている。するとたまに、タンク車がやってくる。男たちはそこからホースを川まで伸ばし、小型発電機を使って、ドドドドーと水をくみあげていく。
 訊くと、村の家に配るのだという。空になった水瓶や水浴び用の水槽に、メコン川の水を補給するのだという。この村はメコン川に面しているから、水には恵まれているのだ。
 その村に水道が引かれたという。はじめ、国や地元の自治体の事業かと思った。とすれば、パイプが橋の下あたりを通っているのかもしれない。しかしそんなパイプはどこにもなかった。
「民間の水道会社ですよ。いろんな村に水道を引いて儲けようとしているんです。以前だったら、お金がかかる水道なんて、誰も見向きもしなかった。でも、ここは工業団地ができて余裕が出てきたと読んだようなんです」
 水道を引いた家を見にでかけた。メコン川からの距離は200メートルほど。高床式の家の1階に、流しが置かれ、そこに水道がつくられていた。半年前に引いたという。
「ほらッ」
 家のおばさんが蛇口をひねってくれた。水が勢いよく流れだした。おばさんはなんだかとてもうれしそうだった。
「楽ですよ。乾季になっても水の心配をしなくていい。消毒されているから安心。それに立ったまま洗濯や食器を洗えるんです」
 瓶の水で洗っていたときは、大きな洗面器に水を移していた。風呂で使うような小さな椅子に座って洗い物をしていた。
 システムを教えてもらった。メコン川沿いに小屋ができていた。そこでメコン川の水をくみあげ、消毒をする。太さ3センチほどの水道管を水が流れ、家まで届いていた。
「工事費は最初に60ドル。水道料金は1立方メートル2300リエル。水道料金? えーと、これが領収書。2ヵ月前ですが、1ヵ月24立法メートルで5万5200リエルでした」
 日本円にすると1500円ほどになる。この負担なら、なんとかなるまで村の暮らしは豊かになったということだろうか。
 もっとも瓶に貯めた雨水も使っている。
 水浴びも水道かと思ったが、こちらは水槽に貯めた水を使っていた。シャワーへの欲求はないようだった。
 カンボジアの村らしい水の使い方だった。(おわり)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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