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カンボジアクロマーマガジン43号

冒険シリーズ
村をめぐる冒険:第7回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

 かつてはプノンペンから3時間ほどかかったメコン川に沿った村。そこに工業団地ができ、村の暮らしは大きく変わっていった。村の高校を卒業した若者は、団地内の工場で働くようになった。月給は100ドル。彼らは皆、全額を家に入れていた。この収入が村に新たな動きを生んでいた。
「最近になってね、道路沿いに英語学校が次々にできているんです。授業料は3ヵ月で500ドル。村の人々の収入を考えると、安くないですよ。でももう4校。人口1000人ほどの村にですよ。ビジネスとして成り立つようになったんです」
 村の道を歩いていると、ときどき、子供たちが英語であいさつを送ってくることがあった。考えてみれば最近のことだ。彼らは英語学校に通っているのだろうか。
 村の英語学校……。それはNGOなどが運営するボランティアベースの学校。それがカンボジアの田舎の風景だった。日本人のなかにも、資金を送っている人は少なくない。日本人の若者が体験的に英語を教えているところもある。
 この村にもNGOが運営する英語学校(写真)がひとつある。2001年に開校した。最近、増えている英語学校とは違う。先生に話を聞いてみた。
「クラスにもよりますが、授業料は3ヵ月で4.5ドルから。安いです。NGOですから」
 学校は一軒家を改装していた。入口には自転車がぎっしりと停まっている。
「生徒たちは朝、自転車できて、ここに置いて、小学校に通うんです。遠い子は家から10キロもありますから。学校が終わると、ここに戻ってきて、英語を勉強して、家に帰っていくんです」
 見ていると、先生は生徒たちのいい相談相手でもある雰囲気が伝わってくる。カンボジアの村への援助に関心がある日本人には、目を細めてしまうような学校だ。実際、この種のNGO系の学校が、子供たちの意識を高めてきた。いま、この村の工場で働く若者の多くは、この学校の卒業生なのだろう。
 しかし新設された4校の英語学校は発想が違う。本格的に英語を身に着けさせる学校なのだ。いってみれば日本の塾。小学校の先生が転職して教えているところもあるという。きっと先生たちの給料も高いのだ。なにしろ授業料は3ヵ月で500ドルなのである。
 村の高校を出た子供たちが工場で働く。そこでわかってくることは英語力の重要性だった。工場はすべて外資系だから、経営者のやりとりは英語になる。英語を使うことができる若者は抜擢され、月給が400ドル、500ドルと跳ねあがっていく。こういう現実を親たちは目のあたりにしてしまったのだ。
 工場で働く若者の給料を、弟や妹の教育費に充てようと考えても不思議ではない。その需要を見込んで、村には英語学校が新設されていくわけだ。
 工業団地は英語学校を引き連れてきたということだろうか。
 ゆったりとしたカンボジアの村の暮らしが変わりつつある。NGOの学校より、本格的に英語を教える学校への人気が高まっていく。それは日本人が描く、カンボジアとはずいぶん違う社会である。
 カンボジアの村はその流れに巻き込まれようとしている。(続く)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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