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カンボジアクロマーマガジン42号

冒険シリーズ
村をめぐる冒険:第6回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

 工業団地は村の暮らしを次々に変えていく。メコン川に橋が架かり、プノンペンからの道も整備された。最近は、プノンペン市内からラーンとカンボジア人が呼ぶ乗り合いバンを利用することが多いが、「あれ、もう着いたの?」と呟いてしまうほどだ。かつては3時間ほどかかったこともあったが、いまでは1時間半ほどで着いてしまう。
「新しい町もできつつあるんですよ。朝に行ってみてください。もう、村の市場より賑やかですから」
 村から工業団地までは、バイクで30分ほどかかる。朝の7時。工業団地まで行ってみることにした。
 沿線の風景も変わってきた。道に沿って食堂が3軒もできた。どれも規模が大きい。ゲストハウスもオープンした。入口からのぞくと、平屋のコテージタイプで、駐車場もそろっていた。
「工場関係の人は、プノンペンから自分の車で来ますから」
 村の青年が説明してくれた。
 工業団地の入口は賑わっていた。次々に大型バスやトラックが、工場で働く人を乗せて到着する。そこは縫製工場の前だったから、女性が多い。
 前回、工場に通勤するバスの仕事をはじめた男性の話をしたが、周辺の村ごとに、その仕事が生まれているのだ。バスやトラックの数は30台を超える。
 トラックやバスから降りた女性たちは、工場の前の道を挟んでオープンした洋服屋に寄る。働く前のショッピングというわけだ。
 食べ物屋台も何軒も出ている。小学校や中学校の前のようだった。カンボジアでは、学校の前の屋台で朝食をとって登校する子供が少なくない。その流儀なのだ。
 弁当を積み上げている店もある。
「仕事がはじまる前に、職場で食べる若者もいるし、昼の弁当を買っていく人もいるんですよ。ここで店をやる前? 村の市場で食堂をやってました。そこはいま、弟の奥さんに任せている。私はこっちが忙しいから」
 訊くと朝と昼だけではなかった。近くに工場で働く人たち向けのアパートが次々に建てられていた。通うことが大変な人は、ここで寝泊まりする。そんな若者は、工場の前の店で夕飯も食べるのだ。
「市場でお客さんが来るのは昼まで。午後になるとぐっと減る。いまも市場の店は午後の3時ぐらいには閉めてしまう。でもここは1日中です。夜の分の収入はうれしいね」
 店のおじさんは朝日のなかで、手を休めずに笑顔をつくる。
 工場の前には、1階が店舗で奥が住居というスタイルの家がつくられていた。仮オープンといった雰囲気だが、すでにほとんどが埋まっている。食堂や洋品店、携帯電話ショップ、雑貨屋……。そこはもう、ひとつの商店街なのだ。その多くが、村で商売をしていた人たちだという。彼らが工業団地に出店しているのだ。
「工業団地をつくるってことは、町をつくるってことなんですよ」
 案内してくれる青年がいう。
 3年前にできた工業団地は、カンボジアの村に大きなうねりをつくり、ひとつの町をつくろうとしていた。(続く)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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