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カンボジアクロマーマガジン40号

冒険シリーズ
村をめぐる冒険:第4回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

 それは3、4年のことだった。道ができ、電気が通じ、メコン川に橋が架かった。プノンペンから車で2時間ほどの村は、一気に経済成長という現実に巻き込まれていくことになった。
 村の人たちは、戸惑いがちに工事を眺めていた。  やがて工業団地ができ、村で育った子どもたちが、高校を卒業すると、工業団地内の縫製工場で働くようになった。実際に娘たちが100ドルという月給を手にし、それを母親に渡すようになってから、村は変わりはじめていった。
 便利になった交通、仕事がある工場……。大きなうねりが村を呑み込もうとしていることを実感していったといってもいいかもしれない。
 僕はその間も何回か村を訪ねていた。外観が変わったわけではなかった。高床式の家々が並び、道に沿って携帯電話店や雑貨屋が店を開いている。高校を卒業した若者のなかにも、プノンペンに働きにいく人も少なからずいた。村の近くにある工場の月給は、プノンペンの工場より高くはなかった。プノンペンへの憧れもあっただろう。
 しかしその間にも、村の暮らしは、着実に豊かになってきていたのだろう。市場のにぎわいを目にすると、その感覚が伝わってくるのだった。
 村の人たちがどれほどの暮らしをするようになってきたのか。知人に相談し、1ヵ月にかかる費用を書きだしてもらうことにした。協力してくれたのは、村では中の上といった暮らしむきの家だった。家族は7人。父親は警察官だった。おじいさんとおばあさんもいる。子どもは3人。長男は22歳で、村の近くにある工業団地の工場で働いていた。
 その内訳はこんな具合だった。
 電気代 約20ドル(60キロワット)
 水代 約10ドル(乾季)
 携帯電話代 約10ドル(3台)
 衣服費 約25ドル
 薪代 約25ドル
 教育費 約40ドル(学生はふたり。塾代も含む)
 ガソリン 約20ドル(バイク)
 鶏の餌 約25ドル
 食費 約500ドル
 夫のこずかい 約80ドル(酒代約50ドル、コーヒー代約20ドル、煙草約10ドル)
 総額で755ドル──。
 「日本人に訊かれたから、見栄を張っているのかも。食費は300ドルってところじゃないですか。しかしそれ以外はこんなもの。500ドル前後でしょ。主人は警察官だから、いろいろ副収入もある。それにこの家は長男が稼いでいるからね」
 「長男って、縫製工場で働いている?」
 「そう。彼は高校を出てすぐに働きはじめて、いまは管理する側になっています。きっと頭がいいんですよ。聞いた話では、長男の月収は400ドルを超えているらしい」
 「22歳で400ドル」
 「昔は考えられなかった額ですよ」
 おそらくこの家は、長男が働く前は、月々300ドル程度で暮らしていた気がする。それが月給をそっくり家に入れてくれる長男のおかげで、生活費は200ドルアップした。
 長男と話をしてみたいと思った。 (続く)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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