カンボジアクロマーマガジン38号
冒険シリーズ
村をめぐる冒険:第2回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
その村には、年に1~2回は訪ねていた。電気が通じてから半年たったころ、1軒の家から夕飯に呼ばれた。
高床式の家だった。食事は階段をのぼった部屋に用意されていた。そこに新品のテレビが置かれていた。
「買ったんですか?」
「電気が来たんでね。子供がテレビばかり見ていて困りますよ」
主人はそういって、コップにビールを注いだ。それまで、子供たちは2軒隣の村の実力者に家にテレビを見にいっていた。その家は夕方になると、発電機のスイッチを入れていたのだ。
電気が通じて、ほかになにか買ったのだろうか。訊くと、「電球」という間の抜けたような答が返ってきた。しかし最近は電球といってもLEDである。それ以外は? と訊くと、頼りない笑みが返ってくるだけだった。
「冷蔵庫とか……」
「高いですから。それに、とくに必要ないですよ。毎日、氷を買っていれば」
以前から村の家々には、大きめのクーラーボックスを使った冷蔵庫があった。毎朝、子供が近くの氷屋に買いにいく。角柱型の氷は、50センチほどで1ドル。それをクーラーボックスの底に入れる。
家によっては、そのなかにプラスチック製の棚を置いていた。野菜や肉、魚はその上なかに載せる。それで1日は十分にもった。電気冷蔵庫の必要性を感じていないようだった。
「そんなもんだろうか」
それから村の家々を訪ねるたびに、電気冷蔵庫について訊いてみた。電気が通じ、1年ほどが過ぎたとき、20軒ほどの家の様子がわかった。電気冷蔵庫を買った家は1軒もなかった。
電気が通じたとき、村の人は、「待ち焦がれた電気がやっと通じた」と、こぼれんばかりの笑顔をつくった。しかしそこで買ったものは、電球やソケットなどの電灯類とテレビだけだった。いや、携帯電話の充電も楽になっただろう。しかしそれだけなのだ。
カンボジアの村の生活の電化とは、この程度のことだったのだ。
彼らの暮らしを見ていると、クーラーボックス型の冷蔵庫で十分という気になってくる。そもそも、冷蔵庫に入れる量がそれほど多くない。市場はバイクで3分ほどのところにある。そこへ行けば、いつでも新鮮な野菜や肉、魚が売られている。日本のように安売り情報もないから、まとめ買いはしない。買った食材は、1日から2日で使い切る感じだ。電気冷蔵庫に費用対効果を感じないのだろう。
カンボジアは暑いから、氷を入れた飲み物をよく飲む。そんなときは、底に入れてあった氷をとり出し、氷割りでコン、コンと叩くと、コップに入るサイズの氷がすぐにできてしまう。あの氷割りは優れものだと思う。鉄製パイプを縦に割ったものなのだが、丸い側で氷を割ると、本当に簡単に手頃なサイズの氷ができてしまうのだ。
アイスピックなどよりずっと使い勝手がいい。カンボジアの氷の硬さとの関係だろうか……といつも考えてしまう。
彼らの暮らしのなかでは、氷をつくる電気冷蔵庫もいらない。
村での暮らしは、1本1ドルの氷があれば、なにも問題がないように映るのだ。(続く)
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