カンボジアクロマーマガジン23号
冒険シリーズ
水をめぐる冒険:第2回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
トゥクトゥクに乗りながら、湖の存在を確かめていた。いま、トンレサップ湖は、膨大な水を貯め込んでいるのだろう。この湖が大きくなり、水を受け入れてくれることで、プノンペンやシュムリアップは守られるのだ。シュムリアップの街には水が入りはじめていると聞いていたが、もし、トンレサップ湖がなかったら、すでに床上浸水の状態になっていたのかもしれない。
隣国のタイは、溢れた水が流れ込む湖沼を埋め立て、工業団地を造成していった。大きな沼地にスワンナプーム空港をつくった。行き場を失った水が、工業団地や住宅地、農地に流れ込み、大変なことになっていた。それが経済発展というなら、なんだか人間はとんでもない愚かな存在に映る。
カンボジア人にも、沼を守るために工業団地を拒否する発想はないが、埋め立てるにはトンレサップ湖は大きすぎる。メコン川の下流域に広がる自然は、タイよりも数段、骨太だったということだろうか。
しかし昨年の洪水は、カンボジアにも大きな被害を及ぼした。正確なデータはつかみにくいが、ある報告では、30万ヘクタールを超える水田と10万ヘクタールを超える畑が水没し、16万5000世帯を水が襲った。水害によって死亡した人も、100人を超えているといわれていた。
カンボジア人は昔からそうなのだが、被害がすぐ間近まで迫ってこないと行動を起こそうとしない。プノンペンの人たちも、 「今年の水は大変だ」 「来週には水が来るぞ」 などと噂ばかり口にするのだが、その言葉に重みはなく、土嚢ひとつ用意しようとはしないのだった。
プノンペンに着いた翌日、僕はある用事があって、車で3時間ほどのところにある村を訪ねることになっていた。そこはプノンペンから見ると、メコン川の対岸にある村だった。途中までバスで向かい、最期はトゥクトゥクになる。
メコン川に架かる橋を渡ったとたん、目を疑った。道こそ冠水していないのだが、その周囲は完全に水没していた。 そのなかに村はある。
辿り着くことができるのだろうか。
雨も降りはじめた。運転手はビニールシートを垂らす。パンパンと当たる雨の音を僕は不安げに聞いていた。
(つづく)
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