カンボジアクロマーマガジン34号
冒険シリーズ
国境をめぐる冒険:第5回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
カンボジアはタイ、ラオス、ベトナムと国境を接している。外国人でも越境可能ないくつかのポイントがある。今回はプノンペンからメコン川を遡り、ラオスに入国するルートを──。
カンボジアから陸路で隣国に越境するポイントは、タイとベトナム国境に多い。しかしカンボジアはラオスとも接している。そしてひとつのボーダーが開かれている。
プノンペンの日本橋近く。そこを出航するボートに乗った。目的地はクラティエ。ボートはトンレサップ川からメコン川に入り、一気に北上していった。船には兵士が多かった。クラティエの川沿い宿に一泊。さらに北のストゥントレンをめざした。
1996年のことだった。国連の管理下で総選挙が行われ、形としては新しいカンボジアがスタートして2年しか経っていなかった。まだ治安は不安定だった。
当時のカンボジアは、事前にビザを取得しなくてはいけなかった。ベトナムのホーチミンシティでビザをとったのだが、その職員に訊いてみた。そもそも、カンボジアからラオスに陸路で抜けることができるか……。それすら頼りない情報しかなかったのだ。
「一応、抜けることはできます。でも、危険です」
そういわれた。カンボジアの大地を席巻した長い戦争は終わっていた。しかしまだ武器が溢れていた。銃を手にしながらの暮らしは、カンボジア人の日常に織り込まれていた。フン・セン政権はその上にできあがっていた。
「制服を着た兵士は安全になってきた。気をつけなくちゃいけないのは、私服で銃を持っている男たちだ」
プノンペンにいたカンボジア人の知人はそういった。
ストゥントレンで乗り込んだのは、木造の老朽船だった。20人も乗ればいっぱいになってしまう。
船はのろのろと北上していった。4時間ほど進んだ頃だった。対岸から小さな船が近づいてきた。Tシャツ姿の男が4人乗っていた。全員が銃を持っていた。ひとりはランチャーまで担いでいる。
「私服で銃を持った奴らが危ない」
船のなかでその言葉を噛みしめる。まんじりともしない時間がすぎていく。僕が乗る船の船頭となにやら話をしている。交渉が成立したのだろうか。AK-47を改造したような銃を持った若い男が乗り込んできた。
船は音もなく流れるメコン川を北上していく。太陽は高く、船内の気温はじりじりとあがっていった。静かだった。
「パーン」
うとうとしていた僕は、銃声で目が覚めた。硝煙のにおいが漂ってくる。前方を見た。乗り込んできた男が、得意気に笑った。あまりに静かなメコンの流れに苛立つかのように、空に向けて引き金を引いたのだった。
おそらく彼は用心棒として、この船に乗り込んできたのだろう。船頭からいくばくかの金をせびったのに違いなかった。
メコン川は静かに流れていた。
しかし銃が溢れていた。
ストゥントレンに着いたのは、その日の午後4時近くだった。
(この項続く)
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