カンボジアクロマーマガジン4号
淡水魚はクメールのカルチャーだ
今に受け継がれし内陸の魚醤
極東アジアの食文化は「醤」という共通の食文化を持っている。
日本を含む東アジア地域は、穀物を原料とした穀醤を中心とした食文化が根付いており、醤油や味噌もこれに分類される。一方の東南アジアは、魚を原料とした魚醤を主に料理に用いる文化圏である。
魚醤の歴史は古く、記録としては紀元前7世紀頃の中国を書いた古書「周礼」に初出する。またその起源は東北タイの内陸部、塩害が酷く、食物の限られた土地で行われていた、淡水魚の塩蔵から発展したものといわれている。後にこの文化は広くインドシナ半島、東南アジア諸国へ広まり、各地で発展を遂げていくこととなった。中でもタイのナンプラーや、ベトナムのヌクマムなどは、日本人にもよく知られた魚醤であろう。これらは専らカタクチイワシなどの海水魚を原料としており、比較的香りも味わいも軽やかな魚醤である。
一方のカンボジアの魚醤は、未だに祖となる魚醤の系統を色濃く受け継いでおり、淡水魚の塩漬けを発酵させて製造され、魚肉や骨などを含んだペースト状の部分を「プラホック」、またその上澄み液を「トゥックトレイ」と呼んで利用している。これらは、魚肉のたんぱくが分解されて生じるアミノ酸や核酸を多分に含み、料理に塩気だけでなく旨味や深みを与える調味料である。一方でかなり強い臭気を放ち、慣れていないと不快に感じるかもしれないが、先述のクルーンと組み合わせて、クメール人はその臭気までもを料理の美味しさとして味わっている。
また、その原料となる淡水魚の種類によっても使い分けが行われる。大衆的なものはコイ科の小魚やグラミーなどで作られるが、大型魚のスネークヘッドや淡水ニベから作られるものもあり、こちらは上級品として珍重されている。
酷暑と乾きが生んだ水産加工食品
年中気温が高く、雨季・乾季がはっきりと分かれるカンボジアにおいては、食糧の限られる乾季の間の備蓄食として、保存を目的とした水産加工食品が発達した。
魚の干物である「トレインギアッ」は、高濃度の塩水に浸した上によく干されているため常温保存が可能で、どこの家庭でも常備食として食されている。また、米を漬け床を用いて発酵させた「プオッ」や「マム」のような食品は、乳酸菌の働きで腐敗を防ぎ、また旨味を増幅させた食品である。さらに既に保存性の高いプラホックに、クルーンや薬味を加えた合わせ調味料も多く存在し、これらはそのままおかずとして食したり、料理のタレとして食されている。
このようにして淡水魚は、単に食材として焼いたり煮たりするに留まらず、クメールの人々に調味料や加工食品の材料として幅広く利用されているのである。
これまでカンボジアといえば遺跡ばかりに注目が集まり、料理にはあまり目を向けられてこなかった。カンボジア国民の9割を占めるクメール人が、遥か昔よりこの地で脈々と食べ継いできた米と淡水魚の料理。カンボジアを訪れた際は、それを育んだ風土と歴史に思いを馳せながら、ぜひ彼らの食文化を味わって頂きたい。
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