ホーム 新マガジン記事 車椅子と道草: 【車椅子と道草— in Cambodia —】はじめまして、カンボジア

カンボジアクロマーマガジンPP19号

今年の4月、私は車椅子を相棒にカンボジアへ移住した。悪路の多いこの国での生活は決して楽ではない。それでも大変だからこそ見られる景色があり、不便だからこそ得られる出会いがある。私は旅するたびに、身体に障害があり外に出ることを躊躇っている人や、海外というだけで足踏みしてしまう人の背中を押すきっかけになりたいと思っている。

カンボジアと言えばアンコールワット。クメール帝国時代にヒンドゥー教寺院として築かれたが、その後、隣国との戦争や王位交代と時代が進む中で仏教寺院となった。本来ならば新しく寺院を建てるところを、当時の王はヒンドゥー教時代のレリーフを残したまま、仏教徒の祈り場とした。世界でも珍しい歴史を持つアンコールワットはカンボジアの国旗にも描かれ、まるでこの国のアイデンティティそのもののようだ。

アンコールワットの中で一番神聖な場所と言われているのが、最上部の中央正堂だ。そこへ向かうには、服装チェックを受け、傾斜約70度、約40段の階段を上らなければならない。とは言え、ここまで来たのならば上らないという選択肢はない。私が進もうとすると、係員から「危険だから諦めてください」と声をかけられた。安全を配慮してのことだ。私は杖があれば歩けることを丁寧に説明し、実際に歩く姿も見てもらった。そして最終的に責任者の判断で入ることが認められた。
ひんやりとした空気の中、悠然と佇む仏陀像。私はここへ来れたことへの感謝を想い、手を合わせた。すると帰り際、一人の女性が声をかけてきた。あなたが幸せになりますように、と祈ってきたわ。きっと私が杖で歩いている姿を見たのだろう。自分ではなく、見知らぬ誰かの幸せを願う。そのまっすぐな優しさに胸を打たれた。

私がアンコールワットで触れたのは、悠久の歴史だけではない。一人の女性が見せてくれた、静かで濁りのない祈りの心だった。

 

森 水菜 もり・みな (作家)

1993年熊本県阿蘇市生まれ。車椅子ユーザー。2023年に指定難病の遺伝性ジストニアと診断されるも、単独で海外を旅し続ける傍ら、作家として文章を綴り続ける。小説「熟した果実」熊日文学賞受賞 他。書くことが生きがい。

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素敵なカンボジアに出会う小旅行へ―The trip to encounters unknown cambodia