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カンボジアクロマーマガジンPP1号

【カンボジアの選挙を読み解く】

[写真・文] 山田 裕史

 

カンボジアは今年5月、複数政党制による定期的な選挙の導入から30周年を迎えた。7月23日には5年ぶりの総選挙(国民議会選挙)が行われる。本稿では、今回の総選挙を理解する一助とすべく、カンボジアにおける選挙の種類を整理したうえで、過去30年間の主な選挙結果と今回の総選挙の制度について紹介する。

 

どのような選挙があるのか?

1991年のパリ和平協定締結にともない複数政党制が導入されたカンボジアでは、国連による暫定統治下の1993年に20政党が参加して総選挙(制憲議会選挙)が実施された。以後、総選挙は5年ごとに行われ、今年で7回目となる。内務省に登録している政党数は、2023年2月末時点で43政党にのぼる。
2000年代には総選挙以外の選挙も段階的に導入された(図を参照)。国政レベルでは、上院が1999年に新設され、2006年から6年ごとに選挙が実施されている。一方、①首都・州、②市・郡・区、③行政区・地区(いわゆるコミューン)の3層からなる地方レベルでは、2002年から末端のコミューン評議会選挙が、2009年からは首都・州評議会選挙と市・郡・区評議会選挙が5年ごとに行われるようになった。
総選挙とその前年のコミューン評議会選挙は18歳以上の国民による直接選挙を採用する一方、上院選挙は国民議会議員とコミューン評議会議員、首都・州評議会選挙と市・郡・区評議会選挙はコミューン評議会議員による間接選挙となっている。つまり、コミューン評議会選挙で勝利した政党が上院と地方を支配する制度といえる。

 

これまでの選挙結果は?
国連管理下で実施された1993年総選挙では、国内に政治基盤がほとんどなかった王党派のフンシンペック党が勝利した(表を参照)。この結果は、1991年まで一党独裁体制を敷いたカンボジア人民党が優位とする大方の予想に反するものだった。しかし1997年7月にフンシンペック党との武力衝突に勝利して連立政権の主導権を握った人民党は、1998年総選挙以降、地方選挙を含むすべての選挙において第1党の座を維持している。
とはいえ、政権党としての人民党の地位が常に安泰であったわけではない。2013年総選挙と2017年コミューン評議会選挙では、サム・ランシー党と人権党の合流によって誕生した救国党がとくに若年層の支持を得て躍進し、人民党は議席を大きく減らした。2018年総選挙での政権交代が現実味を帯びるなか、人民党政権は2017年9月、救国党の党首を外国との通謀による国家反逆の容疑で逮捕し、同年11月に同党を解党に追い込んだ。
2018年総選挙には20政党が参加したが、救国党という人民党に対抗しうる唯一の現実的な選択肢が失われたため、人民党が国民議会の全議席を独占する結果となった。続く2022年コミューン評議会選挙では、人民党が99.76%の選挙区で第1党となり圧勝したものの、サム・ランシー党から改称したキャンドルライト党が22.25%の票を得て善戦した。キャンドルライト党は2023年総選挙に向けて野党勢力再起の足がかりをつかんだが、同党は今年5月、書類不備を理由に総選挙への参加を認められなかった。2018年総選挙に続き旧救国党支持層の受け皿が失われ、今回も人民党の圧勝が確実な情勢となった。
※過去30年間のすべての選挙結果については、拙稿「カンボジアの選挙・政党データ(1993~2022年)」(http://id.nii.ac.jp/1608/00003606/)を参照。

2023年総選挙のしくみは?
こうした状況下で18政党が参加する7月の総選挙では、首都・州を選挙区とする拘束名簿式の比例代表選挙によって、任期5年の国民議会議員125人が選出される。ただし25選挙区中、8選挙区は定数1議席で事実上の小選挙区制といえる。議席配分方式は、大政党に有利なドント式が採用されている。選挙権は18歳以上、被選挙権は25歳以上である。
選挙人名簿への登録が自動的に行われる日本と異なり、カンボジアでは選挙権を行使するには、自ら登録申請を行わなければならない。今年の総選挙の選挙人登録率は89.28%で有権者は971万655人である。なお、現在運用中の指紋認証技術を用いた選挙人登録システムは、2013年総選挙後に日本政府とEUの選挙改革支援によって導入された。
投票は全国2万3,789カ所の投票所で、午前7時から午後3時まで行われる。期日前投票や在外選挙の制度はない。投票所では写真付きの身分証明書の提示が求められ、写真入りの選挙人名簿と照合して本人確認が行われる(写真1)。投票用紙には各政党のロゴと名前のほか、投票する政党にチェック(✓)を書き込む四角が印刷されている(写真2)。文字の読み書きができなくても政党のロゴを覚えれば投票できるのである。投票後、人差し指の先に特殊なインクを付けることで多重投票を防止する(写真3)。なお、投票箱は日本製の折りたたみ式で、日本政府が支援したものである(写真4)。一方、開票は各投票所で即日行われる。投票過程と同様、政党立会人と国内・国際選挙監視員が立ち会うなか、投開票所委員長が1枚ずつ票を読み上げ開票を進めていく(写真5)。このように、投票時の本人確認や多重投票の防止、開票の仕方などは日本の選挙よりも厳格といえよう。

(写真1)顔写真入りの選挙人名簿

(写真2)各党名が書かれた投票用紙

(写真3)特殊なインクを人差し指に付ける選挙人

(写真4)日本政府が支援した投票箱

(写真5)開票の様子

以上のようなしくみのもと、7月1日から21日間の選挙運動が始まり、23日の投開票後、翌24日までに速報結果が、8月5日までに暫定結果が、そして8月9日から9月4日の間に公式結果と当選者が発表される予定である。

 

 

山田 裕史/Yamada Hiroshi

著者略歴:上智大学大学院修了。博士(地域研究)。2002~04年、(財)松下国際財団「アジア・スカラシップ」奨学生としてカンボジアへ留学。2002~22年まで12回、カンボジアで選挙監視活動に従事。現在、新潟国際情報大学国際学部准教授。


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