カンボジアクロマーマガジン40号
カンボジアシルク 時を越えて受け継がれる伝統
信仰心をあらわす絵絣「ピダン」
ホールに用いられる絣の技術は、インドより東南アジアから東アジア、ヨーロッパ諸国まで広く普及したものであるが、カンボジアの宗教織物であるピダンは世界でも類を見ないほど精巧で絵画的な絣である。内戦以前に織られたものは美術品としての評価も高く、幽玄なカンボジアの伝統文化を象徴するものとして、世界各国の博物館やコレクターたちの間で保管・展示が行われている。
ピダンとはクメール語で「天井」を意味する言葉で、古くはこれらの布が仏像の天蓋として用いられていたことに由来している。天井に装飾を施す習慣はアンコール遺跡にも見られ、木板に描かれた天井画やモルタルの彫刻などが数多く残る。寺院遺跡に見られる天井装飾は蓮をモチーフとしたものが多いが、近世ごろからシャムより仏教絵画が伝来すると、次第に蓮だけでなく仏教を題材とした絵画も描かれるようになっていき、いつしかシルクのピダンが織られるようになった。故にピダンには「釈迦の生涯」や釈迦やその弟子の前世を書いた古代説話「ジャータカ(本生譚)」の物語、「三世」や「三十三天」、「須弥山」といった仏教の世界観を題材としたものが多い。
ピダンを一人前に織ることができるようになるまでには10年もの鍛錬が必要といわれており、また一枚のピダンを織り上げるのには半年から1年を要する。織師は仏の慈悲と現世の浄化を願い、精魂を篭めて仏像を守る傘を織り上げる。ピダンはカンボジア人の深い仏教信仰と厳格な宗教的実践が生み出した、究極のカンボジアシルクといえよう。