カンボジアクロマーマガジン4号
淡水魚はクメールのカルチャーだ
一匹で二杯はイケる魚メシ
昼休み。
バイクの運転もついつい粗野になるのも仕方がない、誰もが腹を空かせているのだから。昼食はいつもの街の食堂で。店先には乱雑に並んだバイクと仕事着の人だかり、軒下には長机の上で整列したアルミ鍋とガラスケース。
人だかりは、みんな大人のくせに興奮気味で落ち着きがない。人々はスープや煮物が入ったアルミ鍋の蓋を、カランカランひっきりなしに開けては覗き込み、ガラスケースの中に並んだダツやフナ、ナマズなどの揚げ物や、さつま揚げ、魚卵オムレツなどを鋭い眼差しで品定めしている。ふだんおっとりしている人々なのに。仕方がないのだ、みんな腹を空かせている。そう、私もその一人。
そして皆、辛抱強く自分の番を待っている。なのに来たばっかりのトゥクトゥクドライバーが、人込みを横目に、「俺、このライギョのライムスープ。あとあの魚味噌そぼろ。」と言って、店内席の方に行ってしまった。すると、おとなしく順番を待っていたOLが待ちきれない様子で、「あの魚の煮付けと、香草のサラダ、この揚げたナマズを2匹、それからご飯を4人前包んで頂戴。刻みショウガと漬物、スプーンも忘れないでね。」と早口に注文。すると店内の方から男が不機嫌そうにやって来て「なあ、俺のはまだかよ?だいぶ待たせるじゃないか。何って、ライギョの干物とスイカって言ったじゃないか!おいおい、それじゃない、その隣のでっかい尾の身ほうだって!」と言い放つ。
こんな調子なので売り子は大忙し。次々に入る注文やケチに耳を傾けながらも、自らのペースを乱すことなく、額に汗を流して働いている。でも、彼女たちは客の来た順番をなんとなく覚えてくれている。なので黙っていても「あなたは何を食べるの?」といつかは訪ねてくれるのだ。
私は淡水ニベの揚げ物一匹と白飯を頼んで奥の席に腰掛ける。卓上にはスプーンとフォークを立てた容器と、ジャスミンティーの入った水差し、伏せて並べられたガラスコップ、様々な香辛料の入った小瓶、ちり紙の小箱。私はスプーンとフォークを手に取ってちり紙で念入りに拭く。もはやこの動作はこの国では食膳の儀式とも化している。
儀式が終わるころには食事が運ばれてくる。揚げ物は一見素揚げのようで、刻んだニンニクとコブミカンの葉と、塩と旨味調味料で味付けしてある。付け合わせは唐辛子と一緒に魚醤に付け込んだキュウリと青マンゴーの漬物。白米はパラパラとしたインディカ種の香り米で、これがどういうわけかこのおかずに絶妙にマッチする。
淡水ニベは高温調理によって皮がカリカリで、魚の脂と香味野菜の芳しい香りを放っている。フォークとスプーンで身を崩してを頬張ると、強めの塩気と脂の旨味が。噛みしめると川魚の優しさに満ちた味わいが口内に広がる。そうなるともう白飯を食べずにはいられない。二口目は漬物とニベを一緒に。酸味と、魚醤の旨味ある塩気が加わって、これまたいっそう白飯が進む。魚の半身で白飯1杯、もう半身でもう1杯はイケる。
少量のおかずで白飯をワシワシ食べる気持ちの高ぶり。すべてを平らげた後に感じる充足感はなんだろうか。質素な食事でありながら、潔さと豊かさを感じるひととき。これぞカンボジア、淡水魚王国の魚メシ。
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