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カンボジアクロマーマガジンPP12号

特集 クメールはできる~シアヌークビルでみる新しいカンボジアの姿

[写真・文] 板垣 武尊

読者の皆様は、シアヌークビルにどのようなイメージをお持ちでしょうか?

シアヌークビルは、長らくビーチリゾートとして知られていましたが、ここ数年で急激に変化し、多くの方がその変貌に驚いているのではないでしょうか。

かつてはバックパッカーや国内観光客が集う静かな街でしたが、2016年頃から中国の「一帯一路」構想の拠点となり、多くの中国企業が経済特区に進出しました。これに伴い、高層ビルやマンションの建設ラッシュが相次ぎ、急速に都市化が進みました。さらに、150軒を超えるカジノホテルやリゾート施設が開業し、一時は「第二のマカオ」とも呼ばれるようになりました。その結果、中国資本や中国新移民、中国人観光客が流れ込み、街の雰囲気はさながら中国の地方都市をそのまま持ってきたような様相を呈すようになりました(写真1)。

しかし同時に、特殊詐欺や暴力事件などが多発し、メディアで「犯罪の拠点」として報じられることも増えてきました。これに伴い、カンボジア国内でも中国の進出を懸念する声が高まっていきました。このような状況を受けて、2019年にカンボジア政府はオンラインカジノを禁止し、さらに2020年からのコロナ禍の影響によって多くの中国人がシアヌークビルを離れ、ミャンマーやフィリピンなどに移動しました。その結果、建設途中の建物や廃墟化したカジノが点在するゴーストタウンのような状態になっています(写真2)。

コロナ禍で外国人観光客が激減する一方で、2021年12月に新たな国内観光客向けの観光スポットが誕生しました。その一つが、カンボジア人の手で建設した道路と道路沿いの高台に位置するシアヌークビル版ハリウッドサイン「クメールはできる(Khmer can do it / ខ្មែរធ្វើបាន」のモニュメント(写真3)です。

 

写真3 クメールはできる

モニュメントからは海が一望でき、写真撮影の人気スポットとなっています。他にも、「愛を待つ木(The Waiting Love Tree / ដើមឈើចាំស្នេហ៍)」(写真4)や「プレア・トンとネアン・ニークの像(Statue of Preah Thong Neang Neak / រូបសំណាកព្រះថោងនាងនាគ)」(写真5)といった新しいモニュメントも設置されました。

「クメールはできる」というスローガンは、フン・セン首相(当時)による造語です。新道完成を祝う記念式典の場で、この言葉には、私たちはアンコール王朝の時代からカンボジア人の力で国を発展させてきた、というメッセージが込められていることが紹介されました。また、「愛を待つ木」は、道路建設の際に伐採を免れた一本の木であり、持続可能な開発や国家の独立・主権を象徴しています。一方、「プレア・トンとネアン・ニークの像」は、カンボジア建国神話に登場する王と女王をモチーフにした巨大な銅像であり、クメール伝統文化とともに国家発展や経済成長を象徴しているものとなっています。

これらのモニュメントは、SNSを通じて新しい観光スポットとして話題になりました。しかし、それだけではなく、カンボジア人の誇りを呼び起こし、ナショナリズムを強化する象徴的な存在になっています。Google Mapの口コミには、「カンボジア人として誇りに思う」といった書き込みが多く、特別な意味を持つ場所として認識されていることがわかります。つまり、風景や写真撮影を楽しむ場でありながら、同時にカンボジアの発展を実感する機会にもなっているのです。

そして、「クメールはできる」とその背後にある市街地の光景との対比は、現在の国際情勢におけるカンボジアという国家の立場を象徴しているともいえます。
シアヌークビルを訪れることによって、新たなカンボジアの姿や、カンボジアの未来がどのような方向に進んでいくのかが見えてくるかもしれません。

このように、観光は単なる娯楽ではなく、人々の意識を変え、国の未来を形作る力を持っています。シアヌークビルの事例は、観光がカンボジア人の誇りを強化し、ナショナリズムを生成する手段として機能していることを示しています。

最後に一つご紹介を。シアヌークビル本土や、本土からボートで1時間程度のロン島(Koh Rong)とロング・サンローム島(Koh Rong Sanloem)には今でも美しいビーチが広がっています(写真6)。私がシアヌークビル本土の穴場のビーチや「クメールはできる」を訪れた際には、現地で宿泊事業をされている方(https://labrise-cambodia.github.io/lodging/)に案内していただきました。もちろん、現地の旅行会社でもシアヌークビルへのツアーは組まれていますし、プノンペンからはバスで3時間なので個人でも気軽に行けます。また、北海道で活躍していたキハ183系の鉄道旅も楽しめます。

読者の皆様も、ぜひシアヌークビルを訪れ、新たなカンボジアの姿に触れてみてはいかがでしょうか。

写真6 ロング・サンローム島のSok San Beach

【執筆者紹介】 板垣 武尊 / Itagaki Takeru

著者略歴:立教大学大学院観光学研究科修了。博士(観光学)。現在、和洋女子大学国際学部准教授。主な著作は以下の通り。
板垣武尊(2025).観光は地域をいかに変えるか―カンボジア・シアヌークビルにおける観光空間の素描.学問から「いま」を見通す
―ヴィーガニズムから生成AIまで(山崎真之・坪野圭介編).春風社.
板垣武尊・李崗(2024).クメールはできる:観光を通じたナショナリズムの生成.和洋女子大学紀要.
板垣武尊(2018):アジア地域におけるバックパッカーの目的地の変遷.国際社会観光論(李明伍・臺純子編).志學社.


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