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カンボジアクロマーマガジン40号

カンボジアシルク 時を越えて受け継がれる伝統

[取材・文・撮影] 多賀 史文 [撮影] 岡 克哉 [制作] 田中 友貴(クロマーマガジン編集部)

 

純朴な黄金シルクの風合い、芸術的な民族柄、精巧な織り技術。

かつて織物の最高峰と世界にその名を馳せた「カンボジアシルク」。

内戦を経て一度は時代の闇へと消えた幻の織物が、

今再びその輝きを放ち始める。

 

 黄色い絹糸の栄光とうつろい

 シルクの生産は紀元前3,000年頃の中国で始まったというのが定説だ。一方、カイコとその餌となるクワの原種の起源が、カンボジアのあるインドシナ半島だということはあまり知られていない。伝統的にインドシナ地域で養蚕に用いられてきたカンボウジュ種のカイコは原種に近いもので、吐き出す糸は驚くほど黄色く、光を浴びると黄金色に輝く。そしてこの黄金の絹糸で織り上げられた布はしなやかで耐久性が高く、素朴な風合いや優しい質感といったシルク本来の魅力を持つものとなる。

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引きたての生糸は鮮やかな黄色。このままだと褪色してしまうので精錬して脱色してから使用されるが、その美しい風合いは完成した布にも残る

 インドシナ地域の歴史は扶南国、チャンパ王国、真臘、クメール帝国と、いずれもインドと中国という大文化圏の交易地に発展し、とくに中世ごろまではインドの宗教や文化を積極的に取り入れている。その中でインドにおいて有史以前から発展し、権力の象徴とされてきたシルクの絣※1の技術が東南アジア地域に移入され、各地で独自の発展を遂げていった。アンコール遺跡群にも絣の腰布をつけた人々や天女の姿が多く刻まれており、当時からカンボジアの地においてシルク生産が行われていたことが伺える。アンコール王朝没落後もカンボジアシルクはシャムやラオなど近隣諸国との交易品として重宝され、19世紀半ばからのフランス植民地時代には西洋世界への輸出も盛んに行われるようになり、その独創性に富んだ織物は世界中を驚かせた。

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アンコールワットに遺されている天女のレリーフ。美しい絣の模様が入った腰布を纏っている

 カンボジアにおける伝統的なシルク生産は、農閑期の貴重な現金収入として農村の女性たちの間で営まれてきたものである。かつての農村は豊かな森に囲まれ、そこには養蚕のためのクワ、染色に用いる木藍やガンボージ※2、ラックカイガラムシ※3の宿主木などが繁茂しており、シルク生産に用いられる材料のすべてを村の中で調達できたという。そのような環境の中、染めや織りの技術は代々母から子へと「手の記憶」として伝承され、そして時代とともに少しずつ変化しながら発展してきたのである。故に1970年代から始まったカンボジア内戦、特にポルポトによる原始共産主義政策はカンボジアシルクの生産基盤を荒廃させた。人と森が結びついた伝統的な生活体系は破壊され、多くの命と記憶を失い、そしてかつて世界最高峰と謳われたカンボジアシルクは時代の闇へと姿を消したのである。

※1 糸を前もって染めておき、これを織り上げて文様を表す布のこと
※2 オトギリソウ科の木。樹皮を藤黄色の染色に用いる
※3 巣を燕脂色や紫鉱色の染色に用いる有用昆虫

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