カンボジアクロマーマガジン27号
プレア・ヴィヘア入門
05 対象性から見るプレア・ヴィヘア -Symmetry-
西側宮殿
プレア・ヴィヘアの配置計画は、一見、中心軸に対して対照的に展開しているように見えます。しかし、実際はその形状・配置は少しずつ異なっています。一番わかりやすいのは、第一回廊の両脇に位置している付属建物です。こちらの建物は一見するとほぼ同じような形式をしていますが、よく見てみるとまず配置に違いがみられます。西側の付属建物は周壁と付属建物の間には十分なスペースがありますが、他方東側の付属建物は周壁とほぼ接するような位置に配されています。このような立地の違いは東側の空間では崖が近くにあるため十分な空間をえられなかったこともその理由の一つかと思います。また内部空間もかなり異なっており、どちらも中心の空間が十字の形に立ち並ぶ列柱により四つの区画に分けられていますが、この列柱により区切られた四つの空間が西側の付属建物では中庭のような空間になっている一方で、東側の付属建物では周囲より一段低くなっている空間となっています。
また“宮殿”と呼ばれる建物も一見対称に見えますが、窓枠の形状、連子子の数等に違いが見られます。
さらに回廊が周回している空間に関しても、一見対称に見えますが実際には、第二回廊はほぼ対称に展開していますが、第一回廊は中心からの距離について、東側が西側よりも若干長い構成をとっています。このような傾向はアンコール・ワット、ベン・メアレア、コー・ケル遺跡群等その他のクメール遺跡でも同様に正面から左側が右側よりもわずかに長いという傾向が見られるため、クメール建築では中心軸をずらすという操作が一般的に行われていたことが確認されています。
このように一見対称的な配置計画をおこなっているように見えるプレア・ヴィヘアですが、詳細に見ていきますと、その対称性をおそらく意図的に崩すような操作が様々な局面で見られます。また同様の傾向がその他のクメール寺院でも見られるため、このような操作がクメール寺院の計画では一般的であったことが伺えます。
東側付属建物
06 その他の寺院との関係から見るプレア・ヴィヘア -Temples-
プノム・ルン
ダンレック山脈周辺にはプレア・ヴィヘア以外にも多くの寺院が建造されています。
その多くの寺院がシヴァに奉祀していると考えられ、西はタ・ムエン・トムに、東はニャック・ブオスの範囲でシヴァ系の寺院が配置されています。研究者の中にはこれらの配置と現地に残る神話から、東南アジアにおいてダンレック山脈がインドにおけるヒマラヤの役割を担わされていたと指摘している研究者もいます。
プレア・ヴィヘアと同様に縦深型の形式をとる寺院としては、カンボジア側ではバンテアイ・スレイ、コーケル遺跡群のプラサート・トム等、ニャック・ブオスやトラペアン・スヴァイ、タイ側ではピマイやプノム・ルン等があります。又その他にもラオスにワット・プー等があります。この中で、プラサート・トム、ピマイやプノム・ルン、ワット・プーにはプレア・ヴィヘアに見られる宮殿と呼ばれる形式の建物と同形式の建物がみられ、その共通性が鑑みられます。
また、プレア・ヴィヘアのように回廊や周壁が日の字の形になるように配されている遺構はコーケル遺跡群のプラサート・トム、セック・タ・ツイ、トラペアン・クニャン、スヴァイ・クヴァル・トック等プレア・ヴィヘア州に位置している寺院に類似した形式のものがみられます。
他方、装飾的類似性があることが、カンボジアではバプーオン、バンテアイ・スレイ等、その他の国の遺跡ではムアン・タム、ワット・プー等において指摘されています。
以上のように、プレア・ヴィヘアを中心に他の寺院を見てみますと、日の字型平面計画のような現在のプレア・ヴィヘア州周辺における独自の建築計画の発展、そして、配置計画や装飾の特徴などから、現在のカンボジアとカンボジア以北に位置するクメール遺跡の結節点としてのプレア・ヴィヘアの役割に注目されます。
特にカンボジアとタイでは近年、プレア・ヴィヘアをめぐってたび重なる国境紛争がありましたが、建築史的な観点から見るとむしろプレア・ヴィヘアはカンボジアとタイのクメール建築を繋ぐ懸け橋となる遺跡であることが重要だと考えられます。
ムアン・タム
石塚 充雅 (いしづか みつまさ )
プレア・ヴィヘア機構・名城大・早稲田大 共同チーム サイト・コーディネーター
早稲田大学理工学部建築学科卒業
2012年より現地駐在
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