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カンボジアクロマーマガジン25号

プノンペン ナイトウォーカー Phnom Penh Night Walker

[文・写真] 多賀 史文  [制作] 安原 知佳 クロマーマガジン編集部

 ソシワットキー

 統一できない雰囲気という異国情緒が渦巻いている。

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 対岸の平原から、メコンを渡って夜風が流れてくる。その潤った丸みのある涼風が、夜の街を柔らかに包み込こんでいる。

メコンとトンレサップ*7が交わる場所にプノンペンを代表する夜の街が広がる。王宮からワットプノンへと続くシソワットキー、通称リバーサイドである。平行するように王宮や寺院、かつての中央市場“プサーカンダール”などがある。北側はかつて港町であったことから、安宿やレストラン、ネオンの輝くバーなどが集中し、一帯は外国人のための夜の街として栄えている。河川整備が整った川沿いには公園が整備され、夕涼みや運動を楽しむ市民たちの憩いの場となっている。

犬の散歩、ジョギング、バドミントン。人々が思い思いの運動を楽しんでいる。健康ブームから始まったエアロビクスには、数十名のグループが幾つか連なり、インストラクターの動きに合わせて体を動かしている。その大半は中年女性であり、そのお目当てが運動なのか、甘いマスクと整った肉体のインストラクターなのかは定かではない。

首都であるゆえ、世界各国から訪れる在住外国人、そして観光客。彼らを満足させるため、その飲食の幅は限りなく広い。クメールや中華、西洋料理のレストランはもちろん、ベルギー、レバノンなど、各国幅広いタイプの店が軒を連ねる他、ワインバー、ロックバー、ガールズバー、シーシャバー*8、オカマバー、そしてメイドバーまである。多岐に亘った顧客のニーズを満足させるべく、それらは広がっており、統一できない雰囲気という異国情緒が渦巻いている。

川沿いを北上すると赤白ネオンが並んでいる。植民地時代から残された建物が改装され、情欲的な薄明かりに店先が照らされている。褐色の肌を露出した娘たちが椅子にだらりと座っており、通りを行き交う男たちを眺めている。男達はその女たちを物色し、お気に入りの娘を見つけては店内へと入っていく。どこの国でも変わらない夜の街の姿だ。フランス人たちに作られたこの道、この一角は、一体どのような歴史を見てきたのだろうか。立ち止まっていると、ふと目があった女の子が近づいてき、今夜私を買わないかと無邪気な顔で聞いてきた。大丈夫だよと応えると、じっと顔を見つめてから笑いだし、そのまま通りを歩いていった。

通りの屋台で生ぬるいビールとさつま揚げを買い、川辺の船着場に到着した。ちょうど観光船が出港するようだ。船頭に声をかけ、出航間際の船に飛び乗る。時間が遅いからだろうか、少し風化した甲板には人影がまばらに動いているだけだ。エンジン音が響き、排煙と共にオイルの臭いが流れてきた。船体は二、三度激しく揺れたかと思うと、船着き場の桟橋にぶつかり、弱々しく進み始めた。

 

のんびりとトンレサップを下り、メコンへと流れていく。川岸には、ついさっきまで自分が存在した空間がテレビのワンシーンのように流れている。通りを行き交うバイクや車の光、オレンジ色の街頭、ライトに照らされた王宮、そしてそこに蠢く人々。それら全てが一つとなり、プノンペンの夜の街として一体化する。個々に輝く光は、船が遠ざかるにつれて一つの大きな光となっていく。そしていつしか、黒い乳状の水面へ溶け出し、流れ出していった。

 

*7 トンレサップ- トンレサップ湖より流れだす河川。プノンペン王宮前でメコン川と合流する。
*8 シーシャ- アラブ系の水煙管で、墨で熱した煙草から出る煙を、ガラス瓶の中の水を通して吸う。

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