カンボジアクロマーマガジン20号
プレ・アンコール期の王都 「サンボー・プレイ・クック遺跡群」
ミソン遺跡 -ベトナム-
この他、インドシナ半島においてクメール遺跡と姉妹関係にあたるベトナム中部のミソン遺跡も1999年に世界遺産に登録されています。登録基準は以下の2点によるものでした。
(登録基準2)「ミソン聖域はインド亜大陸におけるヒンドゥー教建築が東南アジアに受容された貴重な文化的交流の証左である」
(登録基準3)「チャンパ王国はミソン遺跡に鮮やかに例証されるように、東南アジアの政治文化史における重要な出来事であった」
チャンパ建築はベトナム中南部に広く分布していますが、唯一長期にわたりまとまって建立が続けられたミソン遺跡がそれらの遺構群を代表して評価されたことになります。
サンボー・プレイ・クック
さて、カンボジア第三の世界文化遺産として登録の準備が進められているサンボー・プレイ・クック遺跡群では、上述した世界遺産に登録されている遺跡と類似した史的な価値背景が認められますが、敢えて比較するならば次のような優れた点が挙げられるでしょう。
1.東南アジアでも最初期(7世紀)の宗教建築が、上部構造まで良く残存し、まとまって寺院群を形成している。また、それらの文化的起源であるインド亜大陸にも同時期の恒久的な組積造建造物は現存せず、類いまれな事例である。
2.残存する建造物に残された装飾がインド亜大陸やさらに西方の影響をも色濃く示していながら、カンボジア独自の造詣感覚を顕しており、後世にアンコール遺跡を形成する上で重要な国風化の端緒である。
3.中国史料にも記される都市であり、インド-中国の両国との交流関係を良く示しており、当時の国際交流の一拠点であった。
4.宗教施設となる建造物群に加えて、明らかな古代都市の痕跡が併せて残されている。都市の構造、王宮、官衙施設、住居跡、交通路、水利施設などが解明されるべき貴重な考古学的な痕跡である。
5.現在に伝わる独特の慣習が地元住民の間では保持されており、それらがアニミズムというかたちをとりながらも、古代の儀礼習慣を受け継いでいる可能性がある。
サンボー寺院主祠堂の修復工事の様子
世界遺産の登録申請にあたっては、その対象の性質を最も端的に示すタイトルが必要となります。サンボー・プレイ・クック遺跡群では複合的な遺跡群であることをより強調するために、「複合寺院群と古代都市サンボー・プレイ・クック(Temple complex and ancient city of Sambor Prei Kuk)」という名称が良いのではないかと思われます。さらに、登録基準としては以下の2点を強調することができそうです。
(登録基準2)「インド亜大陸における宗教的造形芸術を受容し、後のアンコール帝国へと展開する独自の土着・地域化の方向性を促した重要な交流の証左となる寺院建築群である」
(登録基準4)「アンコール帝国の建国以前における東南アジアにおいて唯一良好な状態で残存する宗教施設群と、組積造遺構を多数包括する古代都市址という総合的な遺跡群である」
サンボー・プレイ・クック遺跡群では文化財保護芸術振興財団と住友財団による支援のもと、早稲田大学建築史研究室とカンボジア文化芸術省とが共同して保全活動を2001年より続けています。遺跡群における建築学・考古学研究、草刈りや枝払いといった日常的なメンテナンス、石製台座の修復、煉瓦造祠堂の修復工事、文化観光開発と連携した村づくりなどの活動を始めて10年近くになりますが、世界遺産登録はこのかけがえのない遺跡のより良い環境での保存のために大きなステップになると思っています。
[上]寺院内の発掘調査からは様々な後世の改変痕が発見される[下]台座への装飾、ヘレニズムの影響を色濃く示しているようだ
下田 一太
バイヨン寺院の保存修復工事とサンボー・プレイ・クック遺跡群の保全事業に従事するかたわら、カンボジア国内に散在するアンコール遺跡の建築・考古学を研究
サンボー・プレイ・クック遺跡群保全事業(フィールド・ダイレクター)
日本国政府アンコール遺跡救済チーム(技術顧問)
アンコール遺跡の保全と周辺地域の持続的発展のための人材養成
支援機構(JST)
http://www.jst-cambodia.net/index.php
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