カンボジアクロマーマガジン20号
プレ・アンコール期の王都 「サンボー・プレイ・クック遺跡群」
カンボジアには現在二つのユネスコ文化世界遺産が登録されています。もちろん一つは1992年に登録されたアンコール遺跡群、そしてもう一つは2008年に登録されたプレア・ヴィヘア寺院です。次にカンボジアが世界遺産登録を予定している対象地がサンボー・プレイ・クック遺跡群です。サンボー・プレイ・クック遺跡群はアンコール王朝の成立に先立つ7世紀に当時の真臘(イーシャナプラ)と呼ばれた国の王都として栄えていた古代都市址です。最近ではシェムリアップからの道路が整備され2時間強でアクセスすることができるようになりました。
この場をお借りして、カンボジアと隣国における世界遺産登録時の評価を概観し、この遺跡が世界遺産として登録される上でどのような優れた歴史的遺産であるのか少し考えてみたいと思います。
サンボー・プレイ・クック遺跡群に始めて形成された複合寺院
アンコール遺跡群
既に20年近く前のことになるアンコール遺跡群の世界遺産登録は、クメール・ルージュという内乱からカンボジアの和平復興を押し進めるための象徴的なイベントとされ、日仏を始めとする各国が世界遺産申請のために様々な役割を果たしました。登録後にはユネスコからの要請にもとづき、遺跡群の管理組織であるアプサラ機構の開設、文化的保護のためのゾーニング法(ZEMP)の施行、遺跡群の保存と開発のための国際的に調整委員会(ICC)の設置が矢継ぎ早に実現しました。登録時には危機遺産に指定されていましたが、2004年にはそれまでの継続的な保存の努力が認められ、危機遺産からは解除されるに至っています。
さて、文化遺産の登録にあたっては「世界遺産条約履行のための指針」で示されている6つの登録基準のいずれか1つ以上に合致するとともに、真実性(オーセンティシティ)や完全性(インテグリティ)の条件を満たし、適切な保護管理体制がとられていることが必要です。アンコール遺跡の場合には6つの登録基準のうち以下に示す4つを満たしました。
(登録基準1)人類の創造的才能を表現する傑作「アンコール遺跡は9世紀から14世紀にかけてのクメール美術のすべてを伝え、議論の余地のない傑作である」
(登録基準2)ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの「アンコールで培われたクメール美術は東南アジアに多大な影響を及ぼし、その過程において基本的な役割を演じた」
(登録基準3)現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠「9世紀から14世紀にかけてのクメール王朝は東南アジアの方向を大きく定め、当地域で政治的にまた文化的に先駆的な役割を演じた。その文明の遺物は煉瓦造や石造による豊かな宗教建築として保存されている」
(登録基準4)人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例「クメールの建築はインドの亜大陸より伝播した様式から独自の文化を創造したことに加え、周辺の文化を受容しさらには変容させることで独自の傑出した東南アジアの一様式を創出した」
アンコールはミスター世界遺産とも称される世界を代表する遺跡群ですが、歴史的価値を学術的に評価するとこのような表現になるわけです。
プレア・ヴィヘア寺院
さて、第二の世界遺産であるプレア・ヴィヘア寺院は、登録後に隣国タイとの国境問題が加熱し、国境を形成しているダンレック山脈上にあるクメール遺跡は軍事衝突の焦点ともなっています。ようやく沈静化されつつあるものの予断を許さない状況にあり、一刻も早く保存の手が差し伸べられる環境が整うことを願うばかりです。
プレア・ヴィヘア寺院の場合は(登録基準1)「プレア・ヴィヘア寺院は計画とその装飾の詳細においてクメール建築の高い『純粋性』を表現された傑作である」と認定されました。この登録基準だけで成立している世界遺産は極めて稀ですが、当初は登録基準の2と4も条件として検討されていました。しかしながら、国境問題が懸念される中、より広域な範囲設定が必要なこれらの基準の適用を見送り、基準1のみで世界遺産に登録されることになったのです。また、雄大なロケーションに立地するこの遺跡は、自然・文化の複合遺産としての登録が検討されていたこともありました。
その他、カンボジアでは1992年より暫定リストとして「バンテアイ・チュマール遺跡群」、「バンテアイ・プレイ・ノコール遺跡群」、「ベン・メアレア遺跡群」、「コンポン・スヴァイのプレア・カーン遺跡群」、「サンボー・プレイ・クック遺跡群」、「コー・ケー遺跡群」、「アンコール・ボレイとプノン・ダの史跡」、「ウドン史跡」、「クーレン史跡」の9サイトが候補地として掲げられています。
プレアヴィヘア寺院に駐屯する兵士達
ワット・プー -ラオス-
隣国に目をやると、ラオスではやはりアンコール帝国の一大遺跡である「ワット・プーとチャンパサックの文化的景観に位置する一連の古代集落跡」が2001年に世界遺産に登録されています。登録基準には以下の三点が挙げられました。
(登録基準3)「ワット・プー寺院群は東南アジアの文化、中でも10-14世紀にこの地域を支配したクメール帝国のたぐいまれなる証左である」
(登録基準4)「ワット・プー遺跡群はその自然環境における偉大な精神的重要性を景観と象徴的に融和した傑作である」
(登録基準6)「自然と人類のヒンドゥー教的な表現を表象し、ワット・プーはその周囲の川と山に挟まれた広大な敷地における遺構群と併せて、卓越した遺跡の集合体であり、宗教的信念と献身を表現する優れた建築や造形芸術作品群である」
他のクメール遺跡と比較したとき、この遺跡の特質をよく示しているのは基準4に示されている点で、聖山であるカオ山と石造の寺院とが、土着的なアニミズムとヒンドゥー教という外来宗教との深い関係を表象している点であろうと思われます。
ワット・プー遺跡とその背後にそびえる聖山カオ
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