【プノンペン】JCグループ会長兼CEO 髙 虎男(こう ほなむ)
学生時代 モットーは「いつも前向き」。大学3年生の時、十二指腸潰瘍になり死にかけたことがあった。それまではいろんなことを気にするネガティブなタイプであったが、一度死にかけたことで、どうせならポジティブに生きようと発想を切 […]
学生時代 モットーは「いつも前向き」。大学3年生の時、十二指腸潰瘍になり死にかけたことがあった。それまではいろんなことを気にするネガティブなタイプであったが、一度死にかけたことで、どうせならポジティブに生きようと発想を切 […]
円借款の専門家として 1982年から約30年間、ずっと日本の政府機関でODA円借款事業の仕事を行ってきた。最初は海外経済協力基金(開発途上国に必要な経済開発資金を供給するために設置された政府金融機関で1961年設立‐19 […]
世界で井戸作り 大学院を出て、日本最古の井戸の掘削会社に就職した。会社は日本政府からのODA(政府開発援助)案件を受け、開発途上国での地下水開発プロジェクト(村落給水)を実施していた。具体的に言うと、安全な飲料水を必要と […]
海外を夢見るパソコンオタク いつか海外に出たい。物心がついた頃にブラジルに住んでいた影響からか、海外生活にはずっと興味を持っていた。 自分が子供の頃になりたかった仕事は科学者であった。手塚治虫や松本零士の影響だったのだろ […]
日本で 中学生の頃、青春18切符を使って日本を周った。高校に入学してすぐの夏休みに海外一人旅をした。一番安かったイラク航空を使いタイに到着し、それから3週間滞在することにした。目的地は決めていない旅。山岳民族やトレッキン […]
日本からカンボジアに 短大ではマスメディアを勉強していた。様々な海外情報がテレビや新聞などからは入ってきたが、カンボジアの情報の多くはネガティブなものであった。一方通行の情報、現地には本当はもっと楽しいことも多く、良いこ […]
海外赴任初のカンボジア 初めてカンボジアに訪れたのはベトナム戦争が激しい1969年、25歳の時であった。初めての海外赴任であり、コンポンスプー州の山奥で行われていたダム建設のために会社から派遣されていた。現場仕事の最中、 […]
日本からカンボジアに 1998年、大学を卒業し大手銀行に入行。融資業務を主に行い、都内で中小企業から大企業まで担当していた。行内の非英語圏留学制度に応募し、韓国の大学に語学留学し、ソウルに2年半ほど駐在していたこともあっ […]
日本で 高校を卒業して4年間、一般企業で経理の仕事をやっていた。しかし、高卒入社した自分の将来をこの会社に当てはめてシュミレーションしてみると、たぶん30歳ぐらいで係長になり、それから先を含めて、想定される給与を計算する […]
