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カンボジアクロマーマガジン1号

ゆるり行く、コンポントム

[取材・文・写真] クロマーマガジン編集部

 

水と土の恩恵を受ける、農業都市コンポントム

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1.最近川沿いにできた「コオロギ像」。 2.市内を流れるセン川は水路でもあり、豊かな漁場でもある。 3.市内中心にあるコンポントム市場。 4.市のメインモニュメント「ドムレイ・チョン・クラー」。 5.仏植民地期の1920年代建造の橋。 6.コンポントム市場の場外市。朝はセン川流域で採れた魚が多く並ぶ。 7.市内周辺でも橋が少ないので、渡し船をあちこちで見かける。 8.八百屋のおばちゃんたち。 9.市場内の肉売り場は迫力満点!! 10.名物「コオロギの素揚げ」を売る少女。 11.干物も名産品。写真はトゲウナギ。 12.麺料理「ノム・バンチョック」。魚のだしと香草のコンビネーションが美味。 13.市場に並ぶ夏野菜。 14.市場で売られていた米粉ドーナッツ。優しく懐かしい味わい。 15.バス停留所付近の虫屋台。コオロギだけでなくタガメやタランチュラなども…。 16.ホテイアオイの花はスープにしたり、料理の付け合わせとして食す。

 

 昔、セン川の畔の洞穴に、つがいの大きな蛇が棲みついていた。2匹は仏教の日になると町に姿を現し、人々と共に祈りを捧げたという。それで町は「コンポンポットム(大蛇の港)」と呼ばれるようになったが、いつしか蛇もいなくなって「コンポントム(大きな港)」と呼ばれるようになったそうな。

 プノンペンから車で国道6号を西へ走って3時間、シェムリアップから東へ2時間。トンレサップ水系のセン川の川辺にコンポントム市はある。国内第2位の面積を有す同州は、平地と水源に富み、稲作を中心とした長閑な穀倉地帯が広がっている。市内では近郊で取れた農水産物が集まっており、それらが新鮮な状態で並ぶ朝の市場は、市内一番の見所だろう。

 同州筆頭の特産といえば昆虫。中でもコオロギ人気はすごい。バスの停留所では大小様々な揚げコオロギが山になって売られており、川沿いに巨大コオロギ像まで作られた。騙されたと思って食べて欲しいが、虫はちょっと、という人には魚の干物をお勧めしたい。通ならわかると思うが鮮度が違う。定番はライギョ、変化球はトゲウナギ、噛めば噛むほど魚の旨味がにじみ出る。それはまさにコンポントムの味と言ってもいいのではないか。

 

いにしえの時代から息づく、カンボジア農村の営み

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1.トンレサップ湖とセン川をはじめとする、豊かな水系の織り成す農耕地帯のコンポントム。特にセン川流域は年間通して耕作が行える地域が多い。 2.サンボー・プレイ・クック遺跡群の南西部、コンポンチューティアル村に架かる鉄橋。 3.道路脇の東屋に並べられた果物。近くにある農家の庭先で採れたものを売っているのだそう。 4.体色の白い牛は農耕用のコブウシ。田園の遠景に見える山はプノンサントック。5.村の木造家屋。高床は雨と暑気を払う生活の知恵。どの家の軒先にもバナナの木が生えている。6.コンポンチューティアル市場に並ぶ魚。こちらもセン川で獲れたナマズとトゲウナギ。

 

 鮮緑からこがね色へと移りゆく稲。空の下で揺れるヤシの茂み。泥にはまった水牛に、白いコブウシを追う人影。時に湧き上がる雷雲、灰色の雨。カンボジアの農村を訪れたことのある人ならわかるだろうが、熱帯サバナに生きる人間の原風景は、同国の最も印象的なシーンのひとつである。

 コンポントム州内で最も訪れ易い農村は、コンポントム市から車で30分ほどの所にあるオークルカエ、サンボー、コンポンチューティアルの三村だろう。これらの村は7世紀ごろ、インドシナ半島南部で強大な力を持った真臘国の王都イシャナプラ、現在のサンボープレイクック遺跡群の周辺にある。真臘国はオーストロネシア人の建てた扶南国の属国民であったクメール人が、550年に最初に興した国家であり、後のクメール王朝、そしてカンボジアへと繋がる曙の国であった。

 そんな歴史的背景を持つ同地域だが、住んでいる人はどこ吹く風、いたって平穏なカンボジア農村の日々を送っているようだ。人々は牛車や耕運機に乗って田畑へ行き、土と水とを掻き回し、水辺では罠漁や投網が行われている。土地で取れたもので腹を満たし、時に市場に持ち込んだり、庭先に並べてみたりしている。ついつい車で走り抜けてしまいそうであるが、ここは一旦立ち止まり、彼らの生きる音を聴き、空気を吸い込んで匂いをかいでみてはどうだろう。

 言語の壁があるため少しハードルは高いが、サンボープレイクック遺跡周辺の地元コミュニティが提供するホームステイも体験可能だ。伝統的な木造高床住居で、ローカルライフを満喫できると、バックパッカーの間で密かな人気となっている。お母さんが炊いた飯を食べ、水瓶の水を浴びて熱と埃を流す。そしてホタル舞う夜に見上げる満天の星空は、吸い込まれるように深く暗い。

 

古代クメールの夢の跡、森に眠るサンボープレイクック

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1.プラサート・イェイ・ポアン(Sグループ)の崩壊した祠堂。僅かに残った遺構と木の組み合った門が口を開ける。2.プラサート・タオ(Cグループ)の中央祠堂にある獅子像(シンハ)。後のクメール遺跡にも多数登場するが、こちらの像がカンボジアで最も古い獅子像と考えられている。3.プラサート・サンボー(Nグループ)の南西祠堂の中に祀られたハリハラ像のレプリカ。オリジナルはプノンペンの国立博物館で展示されている。

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4.プラサート・タオの中央祠堂外観。5.プラサート・サンボーのN7(八角形祠堂)に彫られている空中宮殿のレリーフ。6.Nグループのさらに北側に建つプラサート・ダウムチュレイは、同遺跡群の中でも最大のフォトスポット!

 

 2017年7月に真臘国の都城跡「サンボープレイクック遺跡群」が、その歴史的価値を評価されユネスコの世界遺産になった。故にサンボー・プレイ・クックは、その背景を知らずに訪れるのは実に惜しい場所である。

 先ず覚えておきたいのは、この遺跡が飛鳥時代に作られたものであるということ。聖徳太子が隋に「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」と手紙を送ったころの話である。中国に残る文書によれば、この都の中には住居2万戸が建っていたとされ、そこから7万人の人々が生活していたと推定されている。人口だけで見れば、当時の世界第10番目の都市がここにあったことになるのだ。

 そしてもう一つが、実際に観光で多くの人が訪れる場所が、寺院区と呼ばれる場所の一部であって、イシャナプラがその他、都城区と貯水池区という3つの地区から構成される都市であったことである。オークルカエ村の周辺には一辺約2㎞からなる壕があるが、その内に都城があった。そして壕の東側を成すオークル川をはさんで西に、信仰の場であった寺院区、その先に都市生活と農業を支えた貯水池区と並ぶ。オークルカエ川とセン川は運河で結ばれ、そこから外界との交易が行われた。そんな都市計画に沿った、いにしえの都がこの場所にあったのである。

 実際に遺跡群に踏み入ると、時の流れによって変貌を遂げた、レンガ造りの寺院跡が姿を現す。風雨によって土に還り行きながらも、その神聖なる威厳を放つ祠堂と神々たちの彫像。絡みつく熱帯樹が諸行無常を語りかけてくる。サンボープレイクックはアンコール遺跡と一味違う、文明の儚さを来訪者に強く印象付ける。

 自然と人間の営み巡り廻るコンポントム。ここには、もう一つのカンボジアの旅が口を開けている。


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素敵なカンボジアに出会う小旅行へ―The trip to encounters unknown cambodia