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カンボジアクロマーマガジン4号

淡水魚はクメールのカルチャーだ

[取材・文] なまえ [写真] なまえ [制作] なまえ

 

大洪水が米と淡水魚を生み
それらがクメールを育む

 

五月。

砂埃で霞んだ空から雨粒がボタボタと落ちて、乾いた大地が潤いを取り戻していく。半年間続いた乾きの季節が終わり、ほぼ毎日猛烈なスコール。そして水浸しの大地から、多くの生命が誕生する。

 カンボジアの国土の中央に配されたトンレサップ湖は、周囲を広大な平地に囲まれ、さらにその周りを高地が囲む。さながら「お盆」のような地形、そこに大雨が降る。そしてトンレサップ湖と繋がるメコン川より、中国、ミャンマー、ラオス、タイの流域4千㎞に降った大量の雨水が流れ込む。するとお盆の中はどうなるだろう。トンレサップ湖の水位は毎年8mも上昇し、面積は6倍、水は周囲の16千km2(南関東の面積に相当)の平地を飲み込んで、大洪水を引き起こす。

 一見大災害だが、これこそが古の時代にクメール人をインドシナ半島の覇者にした要因、「水と大地の恵み」である。というのもこの自然現象によって、毎年上流から新しく養分を含んだ土砂が流れてきて、平地に供給されるからである。これによって、クメール人はアンコール王朝期に稲作によって大いに栄えた。そしてもう一つ、彼らは無尽のたんぱく源を得ることとなった。トンレサップ湖が淡水魚で満ち満ちていたのである。

 雨季になると湖水は平地に溢れ、いつしか木々をも沈め、陸上起源の有機物を取り入れて、プランクトンを大発生させる。そしてトンレサップ湖の魚は、外的から身を潜められる水没した木の枝葉に産卵し、猛烈な勢いで数を増やすのである。現在となっては、森林伐採や乱獲によって資源量は減少傾向にあるが、つい最近まではカンボジアの一人当たりの淡水魚の漁獲高と消費量は世界一位であったほど、豊かな漁場なのだ。

 こうしたメコン水系に由来する食環境の優位性によって、古の時代にクメール人たちは広大な領地を掌握し、アンコールワットをはじめとする数々の大建築を遺した。一方で依然それほど注目されてはいないが、彼らが米と淡水魚から創造した、特色ある料理や食文化もまた、今日に受け継がれているクメールの重要な遺産なのだ。

 

 

土着文化とインド文化の融合

 

メール人の食を知るにあたり、彼らがどんな民族であるかを知っておく必要があるだろう。クメール人国家の建国神話を簡潔にまとめると、次のようなものになる。

 ある日、インドの田舎の小国王カウンディンヤは夢の中で、「あなたは東に新天地を見つける」と、神のお告げを受けた。彼はそれに従って海を渡り、カンボジアに漂着した。そしてその地を治めていた蛇神(ナーガ)の女王ソマと恋をし、その伴侶となってカンブジャ(中国名:扶南)を建国した。

 この神話については、カウンディンヤの出身がマレー半島であったり、職業がバラモン僧であったり、戦争があったなど諸説ある。ただ、どの説も時期がカンボジアの地に最初に建国された扶南の頃で、「土着民族+インド文明を継ぐ民」という点で共通している。

 ではこの神話以前のクメール人の祖先はどんな人々であったのであろう。定説としては、現在のカンボジア山岳少数民族と同系統で、狩猟採集民族であったと考えられている。彼らは野草や山菜、雑穀や芋、野獣や淡水魚を原始的な調理法で食していた。

 そしてそこにインドからもたらされた米食と、複数のハーブやスパイスを調合して料理に使う調理法と結びつき、現在のクメール料理の姿が形成されていった。特にハーブやスパイスをペースト状に調合にしたものを「クルーン」と呼び、元来食べていた獣肉や淡水魚などの、臭気の強い食材の臭い消しや、料理の風味づけに用い、彼らの料理に多彩なバリエーションを生み出していくこととなった。

 

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