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カンボジアクロマーマガジン1号

ゆるり行く、コンポントム

[取材・文・写真] クロマーマガジン編集部

古代クメールの夢の跡、森に眠るサンボープレイクック

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1.プラサート・イェイ・ポアン(Sグループ)の崩壊した祠堂。僅かに残った遺構と木の組み合った門が口を開ける。2.プラサート・タオ(Cグループ)の中央祠堂にある獅子像(シンハ)。後のクメール遺跡にも多数登場するが、こちらの像がカンボジアで最も古い獅子像と考えられている。3.プラサート・サンボー(Nグループ)の南西祠堂の中に祀られたハリハラ像のレプリカ。オリジナルはプノンペンの国立博物館で展示されている。

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4.プラサート・タオの中央祠堂外観。5.プラサート・サンボーのN7(八角形祠堂)に彫られている空中宮殿のレリーフ。6.Nグループのさらに北側に建つプラサート・ダウムチュレイは、同遺跡群の中でも最大のフォトスポット!

 

 2017年7月に真臘国の都城跡「サンボープレイクック遺跡群」が、その歴史的価値を評価されユネスコの世界遺産になった。故にサンボー・プレイ・クックは、その背景を知らずに訪れるのは実に惜しい場所である。

 先ず覚えておきたいのは、この遺跡が飛鳥時代に作られたものであるということ。聖徳太子が隋に「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」と手紙を送ったころの話である。中国に残る文書によれば、この都の中には住居2万戸が建っていたとされ、そこから7万人の人々が生活していたと推定されている。人口だけで見れば、当時の世界第10番目の都市がここにあったことになるのだ。

 そしてもう一つが、実際に観光で多くの人が訪れる場所が、寺院区と呼ばれる場所の一部であって、イシャナプラがその他、都城区と貯水池区という3つの地区から構成される都市であったことである。オークルカエ村の周辺には一辺約2㎞からなる壕があるが、その内に都城があった。そして壕の東側を成すオークル川をはさんで西に、信仰の場であった寺院区、その先に都市生活と農業を支えた貯水池区と並ぶ。オークルカエ川とセン川は運河で結ばれ、そこから外界との交易が行われた。そんな都市計画に沿った、いにしえの都がこの場所にあったのである。

 実際に遺跡群に踏み入ると、時の流れによって変貌を遂げた、レンガ造りの寺院跡が姿を現す。風雨によって土に還り行きながらも、その神聖なる威厳を放つ祠堂と神々たちの彫像。絡みつく熱帯樹が諸行無常を語りかけてくる。サンボープレイクックはアンコール遺跡と一味違う、文明の儚さを来訪者に強く印象付ける。

 自然と人間の営み巡り廻るコンポントム。ここには、もう一つのカンボジアの旅が口を開けている。

 


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