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カンボジアクロマーマガジン20号

絵で見るカンボジア近現代史 with キーワード20

[文・イラスト]矢羽野 晶子[クロマーマガジン編集部]

カンプチア人民共和国(1979~1989)
/カンボジア国(1989~1993)

書記長:ヘン・サムリン
政治:ベトナム型社会主義
外交:親ベトナム

 ポル・ポトから解放したベトナム主導の社会主義政権
しかし対抗政府が樹立し、内戦が激化

F1_20_Kampchea ポル・ポト政権は次第に内部抗争で分裂していき、一部の党幹部はベトナムに逃げて「カンプチア救国民族統一戦線」を結成した。そして1979年1月、ベトナム軍を率いてプノンペンに侵攻、ポル・ポト軍をタイ国境へ追いやった。そしてヘン・サムリンを中心とした親ベトナムの社会主義国家「カンプチア人民共和国」が樹立された。
 一方、ヘン・サムリン政権に対して、クメール・ルージュ、シハヌーク派、ソン・サン派は三派連合政府を樹立し、激しい内戦が繰り広げられた。しかし1989年にはベトナム軍が撤退し「カンボジア国」と国家名を改称。次第に和平ムードが高まっていき、1991年には「パリ和平協定」が調印された。

 

[キーワード14]カンプチア救国民族統一戦線 

1978年、ポル・ポトへの反逆が疑われてベトナムへ逃亡したクメール・ルージュ兵士により結成された組織。ヘン・サムリンを首相に擁立し、打倒ポル・ポトを掲げてプノンペンに侵攻。これによりポル・ポト政権は崩壊した。

[キーワード15]三派連合政府

1982年に結成されたシアヌーク派、ソン・サン派、クメール・ルージュの三派による対ヘン・サムリン政権。ヘン・サムリン政権は一部の国家を除き国際的に承認されなかった。1992年解散。

[キーワード16]パリ和平協定 

1991年、四派と関係国18カ国により締結された「カンボジア紛争の包括的な政治解決に関する協定」。これによりUNTACの設置が決定された。

 

UNTAC時代(1992~1993)

代表:明石康(事務総長特別代行)

 約20年に渡る内戦の終結 国連主導による暫定統治時代

F1_20_UN パリ和平協定をもって内戦が終結したカンボジアでは、国連主導による国家再建が始動し、UNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)が設立され、代表には明石康氏が就いた。PKO(国連平和維持活動)として日本の自衛隊も派遣された。1993年にはUNTAC監視の下、国民総選挙が行われ、新憲法が公布、翌年にはノロドム・シハヌークが国王に復位して、「新生」カンボジア王国が再建された。

 

[キーワード17] UNTAC(アンタック)

国際連合カンボジア暫定統治政府。パリ和平協定に基づき、1992年2月、国連安保理決議により設立された。代表は明石康氏。7部門からなり、32カ国より16,000名が派遣された。

[キーワード13]PKO

国連平和維持活動。日本の自衛隊にとっては2度目の海外派遣であり、警察や民間も合わせると600名以上がカンボジアに派遣された。青いヘルメットを被って活動することから「ブルーヘルメット」とも呼ばれる。この期間、中田厚人国連ボランティアと高田晴行警部補の二人の殉職者が出た。

 

カンボジア王国(1993~現在)

首相:フン・セン(1998年より単独)
政治:民主主義(立憲君主制)

 ポル・ポト死去による和平の訪れ シハモニ新国王の戴冠と新たな王国の誕生

F1_20_Kingdom 総選挙の結果を受けて、フンシンペック党とカンボジア人民党の連立政権が成立し、ラナリットとフン・センの二重首相体制が布かれた。しかし、両党は次第に対立するようになり、1998年の第二回総選挙では、カンボジア人民党が第一政党となり、フン・セン首相の単独体制となった。また、王国発足後もしばらくクメール・ルージュの残党による戦闘が続いていたが、同年ポル・ポトが死亡し、ようやくカンボジアに和平が訪れた。
 また、国王シハヌークは2004年に息子のノロドム・シハモニ王子に王位を譲り、同年10月29日に戴冠式が行われた。

 

カンボジア内戦と東西冷戦

F1_20_Reisen

 約20年に渡るカンボジア内戦を理解するには、当時の世界情勢を無視することができない。特に「東西冷戦」の影響は強く、内戦の終結は冷戦の終結と時期を同じくする。
 1970年、「西側」についたロン・ノル政権だが、ベトナム戦争終結に伴い米軍が撤退、親中国のクメール・ルージュが政権につく。1979年ベトナム軍により解放されるが、中国はこれを不服として中越戦争を始める。国内では親ベトナム政権対三派による内戦が展開されたが、これはベトナム・ソ連対中国・アメリカという構図でもあった。これが緩和したのが1980年代後半の冷戦崩壊。カンボジアでは和平案が採択され、内戦が終結した。

 

[キーワード14]カンボジア人民党 

カンボジアの政党で、現在、上院、下院共に過半数を占める第一党。1991年カンボジア人民革命党より改称。党名誉議長はヘン・サムリン、議長はチア・シム(上院議長)、副議長がフン・セン。フン・センが1993年以降首相を務めている。

[キーワード15]ノロドム・シハモニ

現カンボジア国王。父は前国王ノロドム・シハヌーク、母は第六夫人のノロドム・モニニアット妃。幼少期の愛称は「トーキョー」。プラハ、フランスなど長年をヨーロッパで過ごした。2004年に戴冠。

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