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カンボジアクロマーマガジン16号

いつか見た映画のような旅 辺境の港町「コッコン」。その自然と開発の今昔を訪れる

[取材/写真/文]:西村 清志郎(クロマーマガジン編集部)

 

 カンボジア南西部、タイと国境を有する町コッコン。ほんの数年前まで一部の西洋系バックパッカーがタイからカンボジアへと入国する際に経由する以外は訪れる人もいなかった小さな港町。当時の48号線は舗装などなく、雨季になると泥沼と化した道を登下校中の子供達が歩き、そこまでに至るまでの四つの川には地元のお父さんの運航するお手製フェリーが人々の生活に一役買っていた。そう、旅の途中、その地に住む人々の生活に触れ、彼らの顔が見える旅が楽しめていた。

2008年5月。コッコンからプノンペン方面へと続く48号線の道路は舗装され、その間に流れる四つの川にはコンクリート製の大橋が架けられた。タイからカンボジアを抜け、ベトナムへの物流を促進するための南部経済回廊の整備、コッコン経済特別区への工場誘致、外国人観光客を見越したエコツーリズム地の開発など、静かだった町が動きだし、良くも悪くも姿を変え始めてきているのに気付かされた。

1日目 午前 プノンペン~キリロム国立公園(コンポンスプー州)

人口130万人を超え、発展し続ける都市プノンペン。内戦後緩やかに進んでいた経済成長は2002年頃よりぐっと加速度を増したと思うと、リーマンショックと同時に急ブレーキをかけることとなった。その間、各国からの支援、投資の恩恵を受けた人々はこの世の春を謳歌するようになり、その波に乗れた者と乗りきれなかった者との間には、所得と生活環境に大きな隔たりを生みだした。のんびりしていた街は急激に落ち着きをなくし、その急発展に追い付けなかった道路は、今もなお各地で渋滞を引き起こしている。
  混み合う街からポチェントン空港を横目に、国道4号線を下っていく。開発ラッシュ時に急ごしらえで建てられた長屋は閑散とし、その多くにはテナント募集中の張り紙が張りつけられている。
  プノンペンからカンダール州へと続く道路沿いには多くの大工場が並ぶ。通勤時間なのだろう、大勢の女性達がバイク牽引される荷台や古ぼけたトラックの荷台に詰め込まれ出勤、いや運搬されている。
  シハヌークビル、コッコンへと続く有料道路から、コンポンスプー州へと入る。別段何もない小さな州都を抜けるとあまり変わりばえしない風景が続くなか現れた看板にはその奥に広がる丘陵がキリロム国立公園であると標されていた。
  一応舗装はされているが、決して快適とは言えない道路を上っていく。所々に架けられているつぎはぎだらけの木製の橋には子供達が待ち構え、行きかう人々に対し物乞いを行っている。

 大小様々な滝があり、松林が広がっている。打ち捨てられた国王の別荘が残る自然公園はプノンペンからのアクセスがいいということもあり、週末ともなると多くの地元観光客が訪れる。その多くは川や滝での水浴びを楽しみながら、屋台に並ぶ魚や鶏、そしてビール片手に、家族や仲間と共に思い思いの団欒を楽しんでいる。
  公園一大きいというチョンボック滝へ向かう。公園内でも少し離れたエリアにあり、滝周辺の村では村をあげての外国人観光客誘致を行っている。30世帯ほどの家族が訪れる観光客にカンボジアの自然を満喫してもらおうと彼らの民家への滞在を提供している。民家近くの駐車場から滝のある山麓までは牛車で移動し、山を登ると、雨期直前の滝には、申し訳ない程度の水が流れ落ちていた。

vol16_sub_01_01           我が道を行く牛家族は今日も元気だ vol16_sub_01_02           ジェイマウ(土着神)への祈りをかなえて貰う目的でこの地に来る者も多い

vol16_sub_01_03           雨季前のチョンボック滝にはほとんど水がなく乾季とは大違い

 

1日目 午後 キリロム国立公園~スレイオンベル(コッコン州)

14時を過ぎる頃から、4号線をプノンペン方面へと向かう大型トラックが増え始める。デイタイムには警察による加載車両の取り締まりが厳しいため、警察がいなくなる時間を見計らってプノンペンへと到着する算段がある為だ。そんな人間の事情など気にも留めない牛達は、食料を探し求めながら平然と国道を横切っている。いつもの事なのだろう、運転手ものんびり彼らが通り過ぎるのを待っている。
  静かに起伏する丘へとさしかかる道路脇には、地元の人々が信仰するネアックター・ジェイマウ(土着神)の像があり多くの祠が並ぶ。訪れる者の多くが旅の安全祈願と共に、家庭円満を願い、幸運祈願を行っている。また子宝に恵まれるという口コミから、男性器を模った彫刻を夫婦で供えて帰る者も多い。祠前に座る司祭は訪れる者達に聖水をふりかけ、彼らの祈りを神へと伝えていた。
  4号線から48号線を分ける分岐点へと差し掛かる頃、西日は黄色く輝きだした。別段急ぐ必要もない旅だ、ふとそう思い何もない河川の村スレイオンベルに宿をとることにした。

 

2日目 午前 スレイオンベル~コッコン

早朝から村中に響き渡る大音量、それに呼応するように連鎖する鶏の鳴き声で目が覚めた。小さな村を散歩しながら音の流れ来る方へと向かうと、正装に身を包んだ女性達と合流した。皆一様に三段重ねの料理ケースと僧に寄進するビニール袋を持っている。袋の中を覗くと黄色いお香と数珠、インスタントヌードルやタオル等が入っていた。スピーカーから流れるでる音量から目的地はもうすぐのようだ。村のお祭りなのだろう、背の高い寺院門を抜け、境内へと入ると細かく三角に切り刻まれた布が寺院中に吊り下げられ質素な寺院に彩りを与えていた。寺院脇にはポストアンコール時代に建てられたという寺院やストゥーパがあり、内部にはすっとんきょうな顔をしたラテライト石の座仏像が祀られていた。

vol16_sub_02_03           スレイオンベルに祀られる寺院は珍しくラテライト石で造られている vol16_sub_02_04           岩の上に立つクンチャンクンペンストゥーパ。近くで見ると意外と大きい

  村には大きな川が流れ、対岸の村と人々の生活を隔てている。いや、正確には隔てていたといったほうがいいだろう。近年完成した大橋により、村と村とは陸路での移動が可能となり、病院や学校へのアクセスはぐっと良くなった。その反面、昔から続いたフェリー運航はなくなり、乗場脇に並んでいた店舗もなくなっていた。村の脇を抜ける幹線道路の利用者が増加した半面、この村で食事や宿をとる者は激減した。人々の生活は困窮し始め、村から出た者も多かったという。

vol16_sub_02_01           グリーンの船体にオレンジを交えた配色がカンボジア漁船の特徴だ vol16_sub_02_02           コッコン橋が完成したおかげで人々の生活は大きく変わった

 
  四つの橋と、幹線道路が完成するずっと前にコッコンまで通った時を思い出す。雨期、スコール後の道路はどこも泥濘となり、いかなる車両も速度を出せないうえ、カルダモン山脈から流れでる四つの川は増水し、フェリーで渡ることも不可能となった。川と川との間でスコールが始まると堪ったものではなく、下手をすると数日の間は陸の孤島となり、その村々で夜を明かすこととなった。一台のバンに乗り合わせた西洋人旅行者と共に、(電気は通っておらず、氷も運ばれて来ないため)常温のビールを片手に向け場のない不満をぶつけ合いながら村の安宿や民家に泊めてもらっては、いつ晴れるか分からない空を眺めていた。時には気のいいフェリーの船頭さんの家に泊ることもあった。当時よりコッコンからシハヌークビルへは海上フェリーも運航していたが、値段が陸路と較べるとはるかに高く、ケチった旅行者がそれらのリスクを覚悟の上、この地を通っていたのだ。金はないが、時間と暇だけを持ち合わせていたチープなバックパッカーにとっては、そう言った事も、思い出深きイベントとしてカウントされていたのだろう。

2日目 午後 コッコン

象注意。道路脇に立つ看板に気をとられつつコッコンへと向かう。一本、二本、三本、そして四本目のタッタイ橋を越す。川下には新しくテントスタイルの水上コテージもオープンし、まばらながらもエコ好き西洋人旅行者が訪れている。対向車とはほとんどすれ違うこともなく、現地の人々の顔を見ることもないまま、起伏に富んだ道路の脇を少し逸れるとタッタイ滝へと辿り着いた。
  日陰のない単調な道を歩く。滝まではたった2kmというが、厳しい日差しの影響か思った以上に遠くに感じる。滝はチョンボックの直下瀑とは異なり、高さはないが幅広の壇瀑滝だ。カルダモンから流れ出る滝の水量は多く、パワフルな風を作りだし、遠くまで飛沫が舞い広がっていた。
  コッコンの町へと入り、短い海岸線を抜けると小さな港へと到着した。海上に建てられた木製の長屋を通り、船着き場へと行くと、小さな漁船が次々と戻ってきている。無事に戻ってきた父親に駆けよる子供達、船から水揚げされていく魚を眺めているうちに、海面はオレンジから紫へと変わっていった。vol16_sub_03_01           タッタイ滝の上流には水浴びが楽しめるエリアある vol16_sub_03_02           象注意。毎日バスを走らせているおじさんに尋ねたが見たことはないと言うから、

           出てきたらいいなと言う意味合いを交えているのだろうvol16_sub_03_03           港から見る夕日。落ち着いた海面は空とのシンメトリーとなり黄色からオレンジへと輝き、

           その後紫へと切り替わる

 

3日目 午前 コッコン国境エリア

町から対岸へはコッコン橋を渡らなければならない。数年前にカンボジアのとある政治家の持つ開発会社が、コッコン周辺に建設された経済特別区、カジノ、サファリーパーク等の運営及び開発権を取得する代わりに建造したものだ。橋が完成したおかげで国境から町までは繋がり、地元活性化に成功。現在急ピッチで韓国の自動車メーカー、現代(ヒュンダイ)の工場建設が進められている。政府は工場誘致の条件として、現代社への関税を無税としたということから近年中にはカンボジアを走る車の多くが現代自動車に切り替わることとなるだろう。また工場完成のあかつきには、大量雇用も生まれることもあり、地元の人々の期待度は高まっているようだ。
  橋から海を眺めていると、大きな白いストゥーパが海面から飛び出している。地元の人々が祭事には必ず訪れるクンチャンクンペンストゥーパだ。ここにはある伝説が残っているという。大昔、クンチャンと言う醜い大金持ちから求婚されしぶしぶ結婚した美しい女性ティムは、その後、力強い兵士クンペンと恋に落ちる。妻の思いに気づいたクンチャンが王に陳情すると、ティムは不貞罪で処刑されてしまった。しかし、妻を愛していたクンチャンは彼女が生まれかわることを夢見ながら、その地に埋葬し、ストゥーパを建てたというものであり、彼は死ぬまで対岸でそのストゥーパを眺めていたと言う。
  資材搬入中の大型トラックが行き交う経済特別区を抜け、国境エリアに入る。このエリアにはタイからの旅行者をターゲットとしたゴージャスなカジノホテルが並ぶが、寂れた国境と、人気のない市場、ボロボロのバイクで客待ち中のタクシーなど、エリア全体から軋み出る不調和が漂っている。
  西洋の古城を安っぽく造り直した雰囲気のサファリーワールドへと入る。人影まばらな敷地には様々な鳥や動物が思い思いの時間を過ごしている。真っ黒な熊は手の届かない木の実を落とそうと立ちあがり、一生懸命背伸びしている。その近くではオヤジ顔のカンガルーが親父のように寝転がり腰を掻いている。どこからか聞こえてくる歓声に向かって足を進めると、大勢の観客がステージを眺めていた。視線の先では、2頭のイルカが大ジャンプし、アシカがぴょこんと立ち上がって観客に向かって挨拶をしている。子供も大人も関係なく、みんな驚いては大笑いしている。
  次のステージはワニファイターによる驚愕のパフォーマンスだ。赤と青のユニフォームを纏った男女が、大きなワニを相手に水上ステージで格闘する。とは言っても実際にはワニの尻尾を持ち、ステージ上を引きずりまわして、わざとご機嫌を損なわせる。その後、怒りが絶頂に達したワニの口を開け、自らの腕や頭をその口の中へと差し込み、その度胸を観客に見せているのだ。もちろん、ワニがパクリと口を閉じてしまうと腕や頭が引きちぎられてしまうことは間違いない。実際数年前には大観衆が集まる中、このステージ上で腕を引きちぎられた映像が、カンボジアのテレビでも放映されたことがある。幾度となく繰り返されるパフォーマンス。その度胸に感銘を受けた観客からは多くの紙幣が投げ込まれ、秋初めの落ち葉のようにひらめきながらステージへと落ちていった。

vol16_sub_04_01           コッコンサファリ内で繰り広げられる様々なパフォーマンスの中で、最もハラハラするのはこれだ vol16_sub_04_02           人懐っこいアシカに小魚を見せながら上手にコントロールするスタッフ

 

3日目 午後 コッコン

コッコンの海岸線にはほとんど人間の手の入っていない広大なマングローブ林が広がっている。いつの間に整備されたのだろう、少しだけ綺麗な赤土の道路を何気なく走っていると、人だかりに出くわした。ふと覗いてみるとペアムクラソップ自然公園と看板が掛けられていた。人だかりに混じってまっすぐに伸びる遊歩道を歩いて行く。干潮なのだろう、マングローブの根が毛細血管のようにくっきりとうき上がり、小魚やカニがうごめいている。マングローブの森からやさしいこぼれ日が落ちる中、のんびりと歩きながら吊り橋を渡る。プノンペンからの家族連れ旅行だろう、少しだけ綺麗な衣類をまとった姉妹が父親を呼びながら楽しそうに吊り橋を揺らしている。自分が子供の頃、家族全員で楽しんだ旅行を思い出しながら、カンボジアの人々が普通の家族旅行を楽しめる時代がきたことに不思議なうれしさを感じた。vol16_sub_03_04           マングローブの森ではボートクルーズもできる vol16_sub_04_03           まるで毛細血管のように伸びるマングローブの根

 

4日目 午前 コッコン出発

早朝、コッコンの港を散策しながらボート乗り場へと向かう。ここからシハヌークビルへ抜けプノンペンへと戻るつもりだ。波止場に座っている乗務員は道路が完成したことで乗客が急激に減ったと嘆いている。広い船内にまばらに座る人々。彼らを見つめながら出発時間が過ぎても、出発させようとしない船長。一人でも多くの乗客が来るのを待っているのだろう、出発時間が大幅に遅れた頃、船長と乗務員はあきらめ顔で出発の汽笛を鳴らしていた。


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