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カンボジアクロマーマガジン26号

冒険シリーズ
バイクをめぐる冒険:第2回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

 

 バイクタクシーにはじめて乗ったのは、おそらくタイである。タックリーという町だった。バンコクからバスに乗り、タックリーのバス停で降りた。バイクが待っていた。知人の家に行くのには、それに乗るしかなかった。
 未舗装の道をがたがたと進んだ。少し怖かったが、スピードは遅い。なんとか知人の家に着くことができた。
 ちょっと自信がついた。バンコクに戻り、頻繁に乗るようになった。当時のバンコクは末期的な渋滞都市だった。延々と続く車列の間を、魚群のなかを泳ぐ魚のように進むバイクは、頼もしい存在だった。
 しかし車が少ないと、怖いぐらいのスピードを出した。加速するとき、ぐーんと体が後ろにもっていかれる。腹筋に力をこめないと後部座席から転げ落ちそうだった。
 20年以上も前の話である。
 その後、バイクタクシーに乗ったのは、ベトナムだった。この国はタイにもましてバイクが多かった。バイクの川がそこかしこに出現していて、その間をすり抜けるようにして道を渡った。バイクタクシーはすでに街になじむ存在になっていた。
 デタム通りというゲストハウス街にたむろするバイクタクシーの運転手のなかには、悪質な奴もいた。法外な運賃を要求された話も多かった。なかには、人気のない田舎まで連れていかれ、金品を巻きあげられた……などという噂も流れた。
 しかし普通のバイクタクシーは、なんの問題もなかった。乗ってみてわかるのは、そのスピードだった。速度制限があったとは思えないが、とにかくゆっくり走った。車やバイクの少ない道でも、とことこと走る。怖いほどスピードをあげるタイのバイクタクシーに比べれば、はるかに安全だった。
 そしてカンボジアでバイクタクシーに乗ることになる。
 あれはプノンペンの街なかだった。バスターミナルからホテルまで乗った。後部座席に座り、その安定感がありがたかった。座席が長く、水平だった。
 「これならふたり乗っても大丈夫だ」
 プノンペンの風に吹かれながら、ひとりごちたものだった。
 改造していた。カンボジアのバイクは、快適なタクシーをめざして、後部座席に手を加えていたのだ。
 バイクタクシーの完成形がカンボジアにあった。
 アジアのバイクは、ホンダやスズキなど、日本ブランドが幅を効かせていた。その設計は、バイクタクシーを想定していない。それを改造して売るカンボジア。日本のバイクは、カンボジアでアジアにバイクになっていた。
(この項続く)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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