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カンボジアクロマーマガジン0号

冒険シリーズ
村をめぐる冒険:第5回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

 メコン川に沿った村の近くに工業団地ができた。若者に仕事が生まれた。月給100ドル。ときに父親より多い収入を、高校を出たばかりの若者が稼いでしまう。
 村は大きく変わりはじめた。
 高校を卒業し、工業団地のなかにできたイギリス系の縫製工場に勤めた青年がいた。4年間勤め、いまの給料は月に400ドルに達していた。父親の給料をはるかに超えていた。
 青年は村のどこにでもいるようなタイプだった。顔には幼さが残る。まだ22歳なのだ。
「給料? 全額、家に入れています。毎月、母親から30ドルのお小遣いをもらっています。村で暮らす分には、それで十分。家で食事をとるので、食費もかかりません」
 なんという孝行息子だろうか。
 彼のバイクに乗って工場を見にいくことにした。途中までは舗装路だったが、工業団地に入ると未舗装の道も出現した。まだ広大な空き地が残っている。これからも工場が増えていくという話だ。道に沿って、不動産会社の看板が続く。工業団地を巡って、大きな金が動いているのだろう。
 彼が働く工場へは、バイクで30分ほどかかった。工場は休みだった。道を挟んで平屋の宿舎が並んでいた。
「プノンペンやもっと南のほうから働きにきた人がここを利用するんです。僕もはじめはここで暮らしていました。食事?いまは食堂もできたけど、僕のいた頃は自炊。毎日、同じものを食べてました」
 青年は笑った。
 こういってはなんだが、それほどうまい英語ではない。僕はカンボジア語ができないから、基本的に英語になる。彼は高校を出ただけだから、そのレベルの英語なのだ。
「できあがったものの数の管理とラインの調整。それが僕の仕事です。毎日、パソコンと向かい合っています。上司は女性です。彼女はプノンペンの別の会社の工場からやってきた人。会話はカンボジア語。英語はあまり使いません」
 おそらくもともと管理能力があったのかもしれない。彼の人生は、この工場で大きく変わった。
「いまは家から通ってるんでしょ」
「そう、おじがバスを買ったから」
「バス?」
「片道1ドル。僕はただだけど」
 原資は彼の給料だった。コンスタントにある収入。それを見ると、銀行も金を貸すのだろう。そのバスを使い、工場で働く若者の送り迎えをはじめたのだという。
 村に戻り、バスを見せてもらった。中古だったが、大型バスである。毎朝、100人を超える工員が乗り込むという。もうすし詰め状態である。
 しかし1日に200ドル近い収入になる。
 彼が支えはじめていたのは、彼の一家だけではなかった。誰かが、工業団地で働くということは、そういうことだった。固定収入が生まれる。すると、金を借りるハードルが一気に下がっていくのだ。
 農業ではこうはいかなかった。小さな店をもっても、銀行が貸す金は知れている。しかし毎日、工場で働き、決められた日に給料をもらう。
 カンボジアの村を変えていくのは、このシステムだった。(続く)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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