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カンボジアクロマーマガジン36号

冒険シリーズ
国境をめぐる冒険:第7回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

カンボジアはタイ、ラオス、ベトナムと国境を接している。これまで僕が越えた4つの国境を紹介してきた。今回は番外編。国境は越えなかったが、その手前までは行った話を。

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カンボジアとタイとの間には、4つの越境ポイントがある。ポイペトーアランヤプラテート、シェムリアップから北上してタイのスリンに抜ける国境は紹介した。僕自身、通過している。そのほかのボーダーはふたつ……。
 【ハートレック】
 タイ東南のトラートからカンボジアのハートレックに向かった。乗ったのは、トラートの市場から出るミニバン。タイ語でロットゥーと呼ばれるものだ。
 国境までは1時間ほど。越境が難しいわけではなかったが、カンボジアに入ってからプノンペンまでは、かなりの距離。そのときは日数がなかった。国境をしばらく眺めてトラートに戻った。
 ルートは海岸線に沿っているが、ここにもちゃんとカジノがある。カンボジアという国の発想のなかには、国境とカジノがセットになっている節すらある。
 【パイリン】
 パイリンという町に興味があった。この地名を知っているだけで、年齢がわかってしまうのかもしれないが。
 ポル・ポト派にかかわる話である。カンボジアをある種のヒステリック状態に置いたポル・ポト派だったが、最後にはベトナム軍に追われ、タイ国境に近いパイリンを拠点に抵抗を続けたのだ。
 なぜパイリン? ここではルビーやサファイアといった宝石が採れるためだった。ポル・ポト派は、この宝石を資金源にして生き延びようとした。
 そこにはベトナムとタイの関係が横たわっていた。ベトナムを嫌うタイは、水面下でポル・ポト派を支援する。つまりパイリンで採れた宝石がタイに流れ込むことを黙認していたわけだ。
 僕はバッタンバンから乗り合いタクシーでパイリンに向かった。悪路だった。車がパイリンの市場に着いた。そこで昼食でも、と思った。屋台に座って、ほかの客を見た。ちょうどひとりが食べ終わって、代金を払うところだった。その紙幣を見て、つい、呟いてしまった。
 「ここはカンボジアでしょ?」
 客はタイのバーツ紙幣で支払っていたのだ。
 しばらく滞在して、パイリンの経済が見えてきた。当時のパイリンは完全なタイバーツ圏だった。掲示される料金は、ほとんどがタイバーツだった。紙幣だけでなく、硬貨すら流通していた。
 町の郊外では、斜面に高圧の水を吹きかけての宝石の採掘が行われていた。そこで働いているのはタイ人だった。
 ポル・ポト派がこの町を追われて8年ほどが経っていたが、パイリンはまだタイの空気が流れていた。
 国境までいってみた。その頃、この国境は開かれていなかった。タイの兵士が、「もうじき通過できるようになる」と説明しながら、森のなかを指さした。そこに立派な建物ができあがっていた。
 「カジノ?」
 兵士は黙って頷いた。この国境が開いたのは、その翌年だった。

  (おわり)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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