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カンボジアクロマーマガジン33号

冒険シリーズ
国境をめぐる冒険:第4回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

カンボジアはタイ、ラオス、ベトナムと国境を接している。外国人でも越境可能ないくつかのポイントがある。今回はプノンペンからメコン川をくだり、チャドックでベトナムに入国する──。simokawa-photo-33

 僕はてっきりローカル船がとことことメコン川をくだるものだと思っていた。朝、プノンペンの船着き場に向かった。トンレサップ川に面している。船は午後1時に出発するという。ベトナムのチャドックまで6時間ほどかかるようだった。船賃を聞いて、嫌な予感がした。32ドルもしたのだ。

 「これはローカル船の運賃じゃない」

 はたして、1時少し前に乗り込んだ船は、12人乗りのスピードボートだった。船内は冷房が効き、ガイドまでいた。

 バスの影響かもしれなかった。プノンペンからホーチミンシティに行くには、バスのほうが圧倒的に早い。前号で紹介したモクバイでベトナムに入国するルートである。その日のうちに着いてしまうのだ。

 しかし船は違う。ベトナムに入国するチャドックの街からホーチミンシティには1日かかってしまう。つまりチャドックに1泊することになる。ホーチミンシティに向かう人が乗るわけがなかった。

 船は生き残りをかけて、メコン川に憧れる外国人狙いの高級船を導入したということらしい。

 しかし高いだけのことはあった。快適なのだ。この船に乗ったのは昨年(2013年)のことである。僕は59歳にもなっていて、狭い船内にうずくまるようにして耐えなければならないローカル船はやや辛くなっていた。そういうことをいうと、まだまだ厳しい旅を続けさせようとする編集者は怒るかもしれないのだが……。

 雨季も終わりかけ、メコン川は気が遠くなるほどの膨大な水をたたえていた。川のなかにとり残されてしまった村が次々と現れた。しかしそれは、村の人にとっては想定内のことらしい。ミズスマシのように小舟を繰って家の間を行き来していた。そんな光景を、冷房の効いた船内から眺める。やはり快適な旅だった。

 日が傾きかけた頃、カンボジアを出国した。川沿いにオフィスがあったのだが、そこはイミグレーションというより、寺の境内だった。本堂に続く道には犬が寝そべっている。パスポートに出国スタンプを捺してくれた職員は、本堂脇の建物のなかに座っていた。

 僕はてっきり、対岸がチャドックだと思っていた。しかし船は2分ほど走ると、カンボジアのイミグレーションと同じ側の川岸に停まった。そこがベトナムの入国ポイントだった。途中の小さな川が国境なのだという。

 そこからが意外に遠かった。メコン川を少しくだると、運河のような支流に入り込んでいく。そこはもう、メコンデルタだった。見ると船は、カンボジアの国旗をベトナムのそれに代えていた。ベトナムの船になったわけだ。

 チャドックの街が見えてきたころは、日も暮れてしまった。高床式の家が一軒もない。このあたりはメコン川の氾濫がないのだ。

 同じ頃、シェムリアップ近郊は水没していた。メコンデルタの街は、カンボジアの洪水で守られていた。

              (この項続く)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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