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カンボジアクロマーマガジン31号

冒険シリーズ
国境をめぐる冒険:第2回
下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

カンボジアはタイ、ラオス、ベトナムと国境を接している。外国人でも越境可能ないくつかのポイントがある。今回はカンボジアのオスマックとタイのスリンの間の国境──。

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昨年(2013年)の10月、タイ側からこの国境を越えた。バンコクを出発した夜行バスは、早朝にスリンのバスターミナルに着いた。そこから乗り合いバンに乗った。

 

 国境の手前2キロほどのところにはマーケットがあった。そこにカンボジア人がバイクで向かう。近隣のカンボジア人は通行許可があるようで、まるで市場に買い物に行くような感覚で越境してしまう。

 

 平和な国境になった。

 

 バイクの音に混じって鳥の声が聞こえるのどかな光景が広がっていた。

 

 20年ほど前、この国境にタイ側から近づいたことがある。タイの地元警察官が案内してくれた。地雷がまだ残っていた。警官が歩く道筋を外れないよう注意して進んだ。

 

 国境ぎりぎりまで辿りついた。そこにはバーが降ろされ、カンボジア側の兵士がハンモックで休んでいた。訊くとバングラデシュの兵士だった。

 当時、カンボジアは国連のカンボジア暫定統治機構(UNTAC)が管理する時代だった。各国が兵士を派遣し、カンボジアを統治していた。国境も外国の兵士が監視していた。

 

 スリン側では、きな臭い話が飛び交っていた。カンボジアの木材をタイにもち込む話である。ポルポト派が支配していた時代は、かなりの量の木材がタイ側に流れていたようだった。それがポルポト派の資金源の一部になっていたはずである。

 

 カンボジア暫定統治機構下で、どうすれば木材をタイ側に運び出せるか。そんな話が盛んに交わされていた。アジア特有の国境感が周辺を支配していた。閉まっているという国境で、物資が流通していく。バングラデシュの兵士は、そこから賄賂を受けとるという構図である。

 

 そんな時代から20年の年月が流れた。ポルポト派は姿を消し、国境から裏ビジネスのにおいは薄れていた。ここはいま、カンボジアとタイの間の正式な国境のひとつである。だからカンボジアのビザも簡単にとれる。

 

 イミグレーションの手前にあるビザオフィスに出向く。同行したカメラマンが写真を忘れた。すると役人は、部屋のなかに入るようにいい、そこでスマホを使って顔写真をパチリ。写真代というか、写真撮影代は100バーツ。約300円。

 

 「これでいいのか」

 

 とも思ったが……。

 

 越境する外国人はひとりも見なかった。そういう国境である。アランヤプラテートとポイペトの間の国境とずいぶん違う。実にスムーズだ。しかしそう簡単にいかないのがカンボジアでもある。地元民以外で越境する人が少ないから、シェムリアップまで200キロの足がない。バスは走っていないのだ。1台の車をみつけて交渉する。

 

 「50ドル……」

 

 高いが選択肢がない。無駄だと思いながら値切ってみるが、この車しか頼る方法がない。こちらが弱いことはわかっている。

 

 50ドルのタクシーは国境から3時間ほどでシェムリアップに着いた。

 

              (この項続く)


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年生まれ。旅行作家。アジア、沖縄に関する著作が多い。近著に『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア横断2万キロ』(新潮文庫)、『「生きずらい日本人」を捨てる』(光文社新書)。最新刊は『不思議列車がアジアを走る』(双葉文庫)
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