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カンボジアクロマーマガジン25号

プノンペン ナイトウォーカー Phnom Penh Night Walker

[文・写真] 多賀 史文  [制作] 安原 知佳 クロマーマガジン編集部

 モニボン通り

どことなくバランスがとれていない街。

この混沌とした街の様相が、現在のプノンペンの姿を、さまざまと映し出している。

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 猛烈な熱を放っていた太陽が、西の空を真っ赤に染めて沈む。色を失い始めたロータリーを、車のヘッドライトがちらちらと照らしている。その中央には銃口がねじられたモニュメントが佇んでいる。ここは、プノンペンとシェムリアップをつなぐ国道6号線の出発点、そして街のメインストリート、モニボン通りへの出発点でもある。

 

ヘッドライトが光の輪となり、ロータリーを回り続けている。その粒子は決して留まることはなく、街から現れては街へと消えて行く。これから始まる夜のどこへと向かうのだろう。
座っていたベンチから立ち上がり、大きく体を伸ばす。東の空はすっかり夜に覆われてしまった。そろそろ行くか。光渦巻く広場を後にし、通りを南下し始めた。

 

かつて、その美しい街並みと治安の良さから東洋のパリと謳われていたプノンペン。しかし内戦期には人口僅か5千人のゴーストタウンとなった街である。内戦終結後の街は継続的に発展し続け、現在では200万以上の人間が生活している。その大動脈であるモニボン通りは、街の中でも特に発展したエリアである。大手銀行が開発を進める高層ビルが肩を並べ、街頭ではネオンが明滅している。その印象は、他のエリアのカンボジアイメージとは大きくかけ離れ、違和感を覚える。高級ブティックの隣には小さなバイク修理屋があり、外国人ばかりが泊まるホテル周辺には扇風機だけを扱う店が軒を並べる。どことなくバランスがとれていない街。この混沌とした街の様相が、現在のプノンペンの姿を、まざまざと映し出しているのだろう。

 

モニボン通り北部は妙に大人びている。フランス大使館や国立病院、高級ホテル、銀行など、仏植民地時代からの名残である白亜の建物が多く、その重厚な空気が夜の通りへと滲み出る。通りを歩くものも少なく、屋台、物売りの姿もない。しかし、その裏では集中的な開発が進められ、すぐ裏に存在した湖ボンコック*2は、開発を焦る中国企業により土砂が流し込まれ、広大な新都市開発のための更地へと変貌した。その周辺に存在したバラック小屋の集落、大麻と女を求めて集まる西洋人バックパッカーご用達の安宿街、湖と共にそれらの姿も消えていった。その空間には今後開発予定の都市計画が描かれた看板がぽつりと立てられてあるだけで、がらんとした空き地がどこまでも広がっている。

 

シンとしたモニボン通りも、ロシア通りを過ぎたあたりから、血の通った姿を見せ始める。通り脇には中華料理店が軒を並べ、その店先には肉汁滴るアヒルの丸焼きがぶらぶらと垂れ下がる。すぐ隣の大衆食堂の大鍋には牛骨スープが沸き立ち、揺らめく湯気の先にはカンボジア人一家が談笑しながら円卓を囲んでいる。路肩の焼き飯屋台からは香ばしい白煙が立ち上り、通りを行く人たちを誘惑している。セントラルマーケットの黄色いドームが月明かりに照らされ白く浮かびあがるが、その中は暗く静まっている。昼とは違った夜の顔がそこにある。

 

交差点では信号待ちの車両と人が犇めき合い、臭気と熱波に満ちている。バイクは車の間を掻い潜り、少しでも前に出ようとゆっくりと進んでいる。その後ろで横座している若い女は髪を染め、白い肌を大胆に露出し周りの男達の視線を集めている。シクロ*3運転手は、擦り切れたシャツに膝丈に千切れたズボンを履き、真っ黒に日焼けした指でタバコを挟み、赤いライトをじっと見つめている。トゥクトゥク*4の運転手は、隣に停まる真新しいメータータクシーを興味深げに覗き込み、ハイヒールを履いたスーツ姿の女は中型バイクに跨り、最新のスマートフォンを片手で弄りながら、音楽を聴いている。そして高級車の周りには、ぼろを纏った子供達が群がり、成功した者からの施しを乞っている。

 

所々崩れた歩道を再び南下していくと、通りは活気を失っていく。建物と建物との間から覗く空にはすっぽりと雲に覆われた月がうっすらと明かりを放っている。オレンジ色の道路照明に照らされたアスファルト、建物の外壁が、昼間蓄えた熱を通りへと吐き出し、その熱気に触れた肌がじんわりと汗ばんでくる。熱気を帯びた空気は絶えずゆらゆらと漂い、街を行き交うバイクと車が、信号機に操られながら、空気と埃を空へと舞わせ、循環させていく。一瞬の涼が過ぎたかと思うと、巻い上がったそれらはゆっくりとアスファルトの路面に降り、通りは再び静かに熱を帯びていく。

 

*2 ボンコック湖-プノンペン北部にある湖。大規模な開発が行われる予定で、現在は何もない。
*3 シクロ-自転車の前に乳母車をつけたような乗り物で、タクシー、荷物運搬として使われている。
*4 トゥクトゥク-バイクの後ろに荷車を牽引した乗り物、タクシーとして広く普及している。

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