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カンボジアクロマーマガジン24号

1960年代のカンボジア建築-日本とカンボジア、2つのオリンピックスタジアムを巡って-

[文] 小出 陽子 (一級建築士)

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1960年代のカンボジア建築

-日本とカンボジア、2つのオリンピックスタジアムを巡って-

 

 2つのオリンピックスタジアムとは、東京の「国立代々木競技場」とプノンペンの「(通称)オリンピックスタジアム」のことである。 国立代々木競技場は、丹下健三(1913~2005年)による設計で、1964年の東京オリンピック屋内競技場として建設された。 プノンペンのオリンピックスタジアムは、カンボジアの建築家ヴァン・モリヴァン(1926年~)により設計され、やはり1964年に完成している。
 同時期に建てられた2つのオリンピックスタジアムを通して、1960年代のカンボジア建築について思いを巡らしてみたい。

 

時代背景

 20世紀半ばの建築界を世界的に俯瞰すると二つの大きな特徴が挙げられる。 一つはそれまでの伝統的な様式建築に代わるモダニズム(近代)建築の潮流、二つ目は、西洋の建築家によって、アジアや南米などで新首都計画が実現したことである。 これらの計画は、国家のアイデンティティ形成に、技術と文化の進歩を表現できるモダニズムの精神が利用され、近代化・西洋化と結びついたものであった。 当時、独立まもないカンボジアと戦後復興を目指す日本でも、それぞれに近代化を模索していた。

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 一方、西洋社会の中心で活動し、20世紀を代表する世界的建築家といわれているのが、フランスのル・コルビュジエ(1887~1965年)である。 “現代のミケランジェロ”とも称される多能な建築家で、「世紀の名作」と言われる数々の建物を生み出し、世界各地で都市計画の提案も行っていた。

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ル・コルビジュエの「世紀の名作」の一つ、サヴォワ邸(1931年)
(※出典;『ル・コルビュジエを見る』 越後島研一、中公新書、2007年)

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マルセイユのユニテ・ダビタシオン(存在感の強いピロティと、窓の外のブリーズソレイユと呼ばれる日除けが特徴的な外観である)
(※出典;『ル・コルビュジエ1996-97』セゾン美術館ル・コルビュジエ展カタログ、1996年)

 

ル・コルビュジエとカンボジアの近代建築

 フランスの植民地であったカンボジアでは、1953年の独立後、このル・コルビュジエのエッセンスを取り入れた建物が首都プノンペンに次々と建てられた。 プノンペン工科大学(1964年)、プノンペン大学(1968年)、ヴァン・モリヴァン設計の外語大学(1972年)などである。
 当時、ル・コルビュジエは、建築方法の理論を「近代建築の5原則」と名付けて定式化していた。 すなわち、①ピロティ、②独立柱梁組、③自由な平面、④自由な立面、⑤屋上庭園であり、マルセイユに建設したユニテ・ダビタシオン(集合住宅、1952年)などで実現していた。 それを念頭に置くと、カンボジアでも、ピロティやブリーズソレイユ(日除け)と呼ばれるル・コルビュジエが発案した実用的なデザインが取り入れられ、それらが風土に適した方法で応用されているのがわかる。 灼熱の太陽が1年中照りつける地では、室内への直射日光を遮るのにブリーズソレイユは有効的であり、建物本体を空中に浮かすピロティ形式の採用は、雨期の洪水対策や通風に効果的であった。

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[A] 外語大学校舎(アンコール時代の建物から発想を得たという空中回廊や足元の水盤が見える)

[B] 同大学校舎(ピロティ、通気ブロック、日除けルーバー、カンボジア煉瓦による壁のデザイン、熱を遮る二重屋根などが特徴的である)

[C] プノンペン大学ホール(ブリーズソレイユを開口面全面に取り付けている)

[D] 同大学校舎のピロティ

[E] 同大学校舎

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